第115話 やがて災いとなる男

「おい」挙動不審の民間人をノエルは遠慮のない視線で射抜いた。「こんなところで何をしている?」


 検問所の前をうろつき、折を見ては立哨中の憲兵に語りかけるその男は、明らかに挙動不審であった。


「これはこれは…お勤めご苦労様です」


 憲兵隊長の視線にもケロリとしている男は、淀みなく挨拶を口にした。


「ここから先は立入禁止だ。あまり挙動不審な行動をしていると憲兵隊本部に連行することになるぞ」


「挙動不審などとは滅相もない。夜の散歩が私の日課でしてね。たまたまここの近くを通りかかったものですから、夜遅くまで治安の任に従事されている皆様に労いの言葉でもと思いまして」


「おまえの面の皮は前任者よりも厚いようだな。ここに研究ネタはないぞ」


 ノエルがこれまでこの男…レオポルド・マリノフと言葉を交わしたのは、着任挨拶で憲兵隊本部を訪れてきたときの一度きりであるが、初対面のときから彼女はこの男を嫌悪していた。


 それは不祥事を起こした民間学術団体の長だからという理由ではなく、憲兵として彼女の持つ嗅覚がこの男の隠し持つネガティブな面を敏感に感じ取っていたからである。


「ウォン少佐は民間団体に対して何か偏見をお持ちのようですね」


「私は憲兵の世界しか知らないからな。民間のことなどわかるはずもない。だからまったく偏見のない方がおかしいと思うが」


 ノエルがマリノフを嫌悪しているようにマリノフもまたノエルを嫌悪していた。


 それは彼女が憲兵隊長という立場にあり、ラザフォードにおける民間活動に対して目を光らせているという理由もあるが、心の奥底では男に対して何ら敬意を払おうとしない男勝りの女に憎悪を感じているからであった。


『こいつは男を男と思っていない。なに、いずれは…』


「…演習はまだ終わりそうにないのですか?」


 マリノフは話題を目的の方向に変えることにした。


「ここ二、三日には終わる予定だ」


「演習にしては随分物々しいですね。噂では軍用アンドロイドがかなり故障したとか」


「そんな噂が流れているのか。私は初耳だな。憲兵隊の任務は周辺警備で関係者以外の立入を禁止することだからな。生憎と演習そのもので何が起こっているのかは私に知らされていない。詳しいことが知りたければ防衛軍司令部の広報に聞けばいい」


 ノエルの言葉が嘘であるのをマリノフは知っていた。


 なぜならば配下の情報網から、この演習がじつは偽りでエレボス研究所内で何か異常事態が発生したことを、彼はつきとめていたのである。


 この騒ぎが何某ら自身の組織に貢献するのではないかとマリノフは本能的に感じ取っていた。


 だからこそ彼自身が検問所をうろついて情報収集しているのである。


「………?」


 新たな人の気配にマリノフは憲兵隊長から顔をそらせて研究所に続く道へと視線を移した。


 ブロンドの男が歩道を悠然と歩いてくる。


 マリノフはその男の姿に何か奇異なものを感じていた。


 軍服でもなく文官服でもない見慣れぬ制服を着たその男は遠目には女にも見えた。


 いや…ひょっとすると女なのかもしれない。

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