第114話 自殺を押しとどめたもの
地獄の責めが嘘のように消え去った。
テレパシー攻撃で精神を蝕まれ初めていたミレアには、状況がどう経過し、自分の身の上に何が起こっていたのかそれを正確に把握することはできなかった。
精神的な痛みが後退する代わりに、全身を締めつけられたような感じの肉体的な苦痛が意識を覆う。
目前にはレティシアが床に横たわっている。
そして軍を裏切り人工生命体に加担した超能力者は、仰向けに倒れた体勢で両目から涙を流していた。
「耐えられない…」嗚咽する超能力者。言葉が涙でクシャクシャになっている「…もう耐えられないよ」
「………」
何が耐えられないというのだろうか。ミレアにはまったく理解できなかった。それになぜレティシアは血を流して横たわっているのだろうか。
微動だにしないその体は死んでいるとしか思えなかった。
「生きていることに何の意味が…」
そろそろ幕引きすべきときだ、とジュリエットは思っていた。
所詮は過去の人間なのだから…。
ミレアにジュリエットの言葉は理解できない。
レティシアのテレパシーによって意識が闇に包まれている間いったい何があったというのだろうか。
呆然とした表情のミレアは状況を把握できないばかりでなく、何か行動しようとする意思すら沸いてこなかった。
「レティシア、すぐにきみのところへ…」
ジュリエットは手にしていたレーザー銃の銃口を自分の顎下にあてる。トリガーを引けばレーザーが顎下から脳天を貫通して確実に死ねる。
トリガーの感触がいつもとは違ったものに思える。
これまでの人生を思い返しながら、ジュリエットは徐々に引き金を絞っていく。
それはミレアの頭に漫然とながら相手が自殺しようとしていることを認識させた。
テレパシー攻撃から逃げ延びた理性が心の片隅から語りかけてくる。
『彼は超能力者であるばかりでなく高等弁務官の私に反逆して人工生命体の反乱に加担した…どう考えても死刑は免れることはできない。だったら自殺させるに任せておきなさい』
止め立てする理由がミレアには見つからなかった。
何といってもこの男はテレパシーで心の操作をおこなっている。しかも状況の流れがほんの少しでも変わっていればこの男に殺されていたのかもしれない。
レティシアの脅威とどれほど違いがあるといえようか。
『手遅れにならないうちに彼の自殺をとめなさい』理性の片割れが異なる主張をする。『彼がひたむきにレティシアを守ろうとしたことになぜ苛立ったの? その理由はもうわかっているはずよ。誠実に想いを寄せくれる人がそばにいて欲しい…自分が手に入れられなかったものを見せつけられて私は嫉妬していた。いまの私が変わらないことにはそれを手に入れることはできない』
双方の主張にはそれぞれに理があった。
しかし守旧のミレア…高等弁務官として考える理性は、まだ見ぬ未来のために脱皮したいと考える革新的な理性によって次第に浸食されていく。
これ以上深く考えている時間はない。
「ルクレール君…」虚ろな瞳で廃人のような表情をしたミレアは下をうつむいたまま超能力者の自殺に割り込んだ。「…パワーパックのエネルギーが切れているわよ」
子供だましの手法なのはわかっている。
ジュリエットはそれが嘘だとすぐに気づいた。
いまのミレアには物理的にこれ以上止め立てする術をもちあわせてはいない。
だがジュリエットが改めてトリガーに力を込めようとした瞬間、部屋のドアが荒々しく開かれパイロットスーツに身を包んだ者たちが銃を構え乱入してくる。
彼らは全員が室内の光景に絶句した。
そのうちの一人がヘルメットを取り外す。
その男は言った。
「自分は第65機動歩兵隊のアヴシャル少尉です…あなたは高等弁務官ですか?」
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