第100話 悲劇というよりは喜劇

「撃てばあなたは引き返せなくなる」


 ジュリエットの声にトリガーを引くミレアの指がピタリと止まる。


 眠っていたはずの男が起きていたことを知ってミレアのみならずレティシアも驚きの眼差しでジュリエットに顔を向けた。


「あなたはまだ誰も殺していない」ジュリエットは上半身を起こした。「だから撃てば一線を越えることになる」


 ミレアはサッと銃口を超能力者へと向けた。


「私の耳には何も聞こえないわよ」怒りと警戒心、そして怯えがミックスされた瞳でミレアは超能力者に告げた。「人の心を踏みにじるような人の言葉なんて何も聞こえないわよ」


「高等弁務官が激怒される気持は理解できます。俺はしてはならないことをした。だから言い訳はしません」ジュリエットは咳き込んだので話すことが一時中断する。「…俺を撃って気が済むのなら撃ってください。いかなる処罰でも甘んじて受けます。ですがレティシアを殺すのだけはやめてください。彼女は何も悪いことはしていない」


「研究所に築かれた死体の山と彼女がまったくの無関係だと言い切れるの? 何らかの形で幇助しているとは思わないの?」


 そのときジュリエットはミレアの手に握られているレーザー銃が自分のものであることに気がついた。


「高等弁務官…それは俺の銃ですね。どこで手に入れられたのですか。たしかラファエルが持っていたはずですが」


「彼が私に渡してくれたのよ。本当の味方ってどこにいるのかわからないものね」


 その言葉にジュリエットは嫌な予感がした。


『あのときと同じだ…』


 リリスと対峙したときと状況が似通っている。


 今度はミレアを利用して自分とレティシアを殺そうというのだろうか。


「なぜ人工生命体のラファエルが味方といえるのですか」


「人工生命体? 彼は正真正銘の人間よ」


 その一言でジュリエットはこの事態をもたらした経緯が理解できた。


『催眠術…』


 ラファエルはその特殊能力で欠如した記憶をミレアに取り戻させただけではなく、彼自身は人間であると思い込ませているに違いない。銃を与えたということは二人を殺すように仕向けてもいるのだろう。


「ラファエルはいまどこに…?」


「救援を迎えに行ったわ。もうじきここに案内してくるはずよ。もちろん…あなたたち二人は救援が来る前にしかるべき処置を受けるのだけど」


「救援は来るでしょうがラファエルは戻ってきませんよ。何か理由をつけてそのまま地上に逃げるはずだ」ジュリエットは自分の予想に間違いはないと確信していた。「あいつが作りあげた舞台の上で三人が殺し合いを初めるわけですね。ここまで来れば悲劇というよりも喜劇ですよ」


「殺し合い? いいえ一方的な戦いよ。きみはもう超能力を使えないわ。だから…」ミレアは再びトリガーに力を込めはじめた。「超能力者は本当にいたのね…覚えている?」


 憲兵隊本部に文書の配送を押しつけられ、その道中で初めてミレアと出会い、そして鬼の憲兵隊長に叱咤されたときのこと…文書が超能力者摘発強化に関する通達であり、まだジュリエットの正体を知らないミレアが『超能力者なんて本当にいるのかしら、ね』と訊ねてきた。


「ええ…覚えていますよ。運命とは不思議なものですね」随分昔のことのように思えた。「取り引きをしませんか?」


 いまにも発射されかねないレーザー銃を平然と見つめながらジュリエットは落ち着いた声で申し出た。


「それは難しいわね」トリガーにかかる指は危険なまでに力が込もっている。「超能力者の言葉は信用できないし、それに取引材料なんて本当はないのでしょう」

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