第101話 武器は怯えの解決策にはならない

「俺の存在を委員会に通報して見世物裁判にかけてください。俺はその場で高等弁務官がいかに優れた手腕で超能力者を摘発したのか証言します。必要ならいかなる自白書にもサインします。超能力者の摘発はあなたの評価にもつながるはずだ。その代わりにレティシアを自由にしてください。この研究所も人工生命体も高等弁務官の管轄下ではないのですから彼女を自由にしても責任は問われないはずだ」


「あまりいい取り引きではないわね。彼女が自由になった後、きみが逃亡を試みないという保証はどこにあるの」


「では耳寄りな情報をつけ加えるというのはどうですか。高等弁務官はきっと興味を抱かれると思いますよ」


 ジュリエットはベッドから降り立つと弱々しく立ち上がった。レティシアが彼の身を案じて寄り添ってくる。


「そこでとまりなさい」


 レーザー銃を高らかに構え、鋭く告げる声の裏には底なしの怯えが潜んでいた。


 もしジュリエットにまだ超能力を使えるだけの余力が残っていれば…そのような恐れがミレアの心にはつきまとっていた。


「ラザフォードにある超能力者の地下組織をご存知ですか? 超能力者というのは何も俺だけではないですよ」


「………」


「あなたが取り引きに応じていただけるのならすべてを話しますよ」


 ミレアの危惧はあながち外れてはいなかった。


 少しばかり体力が回復していたからジュリエットには一度だけ超能力を発動できる力があった。ただしそれは一撃で人を殺せるような必殺レベルではない。


「見苦しいわよ…作り話で命乞いをするなんて」


「嘘だという確証もないはずですよ。高等弁務官はラザフォードが超能力者の巣窟なのをご存知ないみたいですね。この惑星ほど逃亡に適した所もないですよ。一歩外に出れば地球の法律が及ばない…下手に警戒厳重なミスティアルとの国境宙域を突破するよりもこの星に逃亡する方が賢明というものだ。憲兵隊のなかに逃亡を手助けする超能力者が紛れ込んでいるのをご存知ですか」


「………」


 無言なのは興味を抱いたからなのだろうか。


 不十分な超能力で対処するか、それ以外の方法で対処すべきなのかジュリエットは決断がつきかねていた。とにかく作り話でミレアの気を引き続けるしかない。


「取り引きしませんか。知っている限りの名前を言いますよ」


「信用できないわね。彼女を守るためとはいえ同じ超能力者の仲間を売ろうとするなんて。信用性に欠けるわよ」


「俺にとってレティシアは何者にも代え難い。だから天秤にかける必要すらない」


 ジュリエットは一歩前に踏み出した。


「とまりなさい!」甲高く叫びその声はやはり怯えに裏打ちされているものであった。「今度動いたら本当に撃つわよ」


「あなたは初めからそのつもりではなかったのですか」


 レティシアを必死に守ろうとするジュリエットの姿を目にしているとミレアは『なぜ…』と思わざるえなかった。


「ルクレール君、きみが命をかけて彼女を守ったところで彼女は何とも思っていないのかもしれないのよ。ただ利用されているだけなのかも、ね」


 ミレアはこれまでの超能力者を眺める瞳とはまた違った視線でジュリエットを見つめた。


「たとえ利用されていたとしても俺の気持ちは変わりません」


 エメラルドの瞳には一点の曇りもなかった。

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