第88話 超能力者 vs 魔法使いのエルフ

 火の精霊がその効力を失い攻撃目標を取り巻いた炎流が徐々に消滅しはじめると、リリスの目に人型がはっきりと映った。


 灰となるべきはずの超能力者。


 しかし重度火傷どころかリリスの位置からでは外傷ひとつ見あたらない。少しばかり青ざめた顔のジュリエットは乱れた呼吸を整えようとしている。


「これが魔法なのか…」生き延びたことに対して安堵の溜息をつく超能力者は、我が身で体験させられた初めての魔法に驚愕の眼差しをうかべていた。「いきなりだったから驚いたよ。防御シールドが間に合わなかったら丸焦げだった…」


 驚いたのは何もジュリエットだけではなく、魔法で不意打ちをかけたリリスも同様であった。ただしジュリエットとは異なりその感情を顔にはあらわさないでいる。


「あら、骨のある相手はあなたで二人目ね」しかしながらザカリアスとは違って今度の相手はまともに魔法を被ろうとも平然としている。リリスにはそれが驚きなのだ。「少しは楽しめそうね」


「強がるのはよせ」不意打ちのショックから平常心を回復させたジュリエットは語尾強く言った。「おまえが俺の超能力に動揺しているのはわかっている。おまえの感情や思考はテレパシーで丸見えだぞ」


「馬鹿な坊やね。おとなしくしていれば楽に殺してあげたのに。私に生意気な口をきいたことを後悔させてあげる」


「『我が妻として』、か」ジュリエットは透視内容を口にした。「甘い言葉で嘘の約束…ラファエルがおまえに何を話したのか俺にはわかる」


 リリスは愕然とした。


 二人しか知らない求婚の言葉を目前の男はさらりと言ったのけたのだ。それは彼女の心が読まれているという証しでもあった。


 このときリリスは心を覗き見された者として極めて一般的な反応を示した。


 羞恥心…そしてそれに引き続く怒り。


 まるで自分が丸裸にされて観察されているような感覚に彼女は陥っていた。それだけに彼女の怒りは激しかった。


「いつか聞かされたことがあるわ」嵐の前の静けさのごとくリリスは低いトーンで言った。「超能力者は人工生命体より危険だって」


 そしてリリスはボソボソと何かを呟きはじめた。


「よせ」ジュリエットはその呟きが呪文であることをテレパシーで察知していた。「おまえが氷柱の大群で俺を攻撃しようとしているのはわかっている。無駄なことだ。俺を本気にさせるな」


 行動が読まれていることはリリスにもわかっていた。


 だが彼女はあえて詠唱を続けることを選んだ。


 地上に脱出してラファエルの伴侶となるためには目前の超能力者を打倒する以外に道がありえないのだ。


 反撃への躊躇いがリリスの詠唱を最後までおこなわせることになる。


 無数と思わしき氷柱がジュリエットをとりまく空間に出現し全周囲から一斉に彼へと襲いかかった。それはザカリアスのときと同じように氷の凶器でジュリエットに死をもたらそうとするものである。


 彼は再びシールドを張り巡らせると魔法の襲来に備えた。


 炎流のときは不意打ちで平常心がぐらいついたものの今度は落ち着いて対処できた。氷柱の大群は目に見えぬ透視性シールドに衝突するとパキパキと音をたてて破壊塊と氷粉が床へと落下する。


 すべての氷柱がシールドに遮られて破壊されたのを確認すると、ジュリエットはサイコキネシスの矛先をリリスへと向けた。


 それはラファエルのときのように相手の体を跳ね飛ばすものとは異なり、内蔵器官を「締め上げる」応用で打撃を与えるものであった。


 突然の激痛にリリスは両腕で自分の体を抱きしめ、その唇からは呻き声とともに血の糸が漏れる。


「おまえは井の中の蛙だ」ジュリエットは冷ややかに告げた。「おまえはこの研究所のなかしか知らない。上には上がいる。魔法の力にあまりいい気になるな」

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