第83話 恋人同士?
「気になるわね…何か大切なことを忘れているような気がするのだけど」記憶の重箱をつつきながら、ミレアは忘却の彼方にあるものを懸命に思い出そうとしていた。「だめ…思い出せない」
テーブルを挟んで向かい合ったレティシアは、ビスケットを摘みながら探るような視線を向けてくる。
「本当に大切なことでしたらいつかは思い出しますよ」
「気になってしかたないのよ」ミレアは苦笑しながら自らもビスケットを摘んだ。「いままで見ていた夢を目覚めた瞬間に忘れてしまったみたいで…そういう経験ってあなたもあるでしょう?」
「ええ…でも嫌な夢だったら思い出さない方がいいです。何もいいことはありませんから」
「それもそうね」
ふふっと笑いながらミレアは非常食用のビスケットを口にした。二人の女は一見くつろいでいるように見えたが、メインフレームに向かったジュリエットとラファエルの帰還をいまや遅しと待ち構えていたのだ。
通信機能のプロテクトを解除するという目的のために無謀にも二人はメインフレームへの侵入を試みている。
そういう計画を自分が了承したという事実が、自分のことながらミレアには信じられなかった。
メインフレームは反乱を勃発させた人工生命体らにとっては最重要拠点になるはずである。それだけに防御が厳重なのは言うまでもない。人工生命体自らが防御にあたっていると考えるのが現実的であろう。
生身の人間にしかすぎない二人がそこに侵入するというのはいかにも無謀に思えた。
しかも機動歩兵なしで。
二人のうちで実質的に戦力となるのはジュリエットだけであるが、サイボーグのザカリアスですら力の及ばなかった人工生命体に、いくら軍人とはいえジュリエットに勝ち目があるとは思えなかった。
『なぜ了承したのかしら…』
こういう無謀な計画を普段の彼女なら了承するはずがない。
何かがおかしい、と思う。
依然としてレティシアが探るような視線を向けてくることにミレアは気づいた。
「どうかしたの?」
「あ、いえ…何でもありません」
あわてて答えるレティシア。
この少女に関することで何か重大なことを知っていたはずなのだが思い出せない。
いや…レティシアだけではない。ラファエルとジュリエットについても思い出せそうで思い出せない何かを知っていた。
『やっぱり健忘症…?』
地上に無事帰還できれば催眠療法で思い出せるかもしれない。
「ところで…」無理に思い出すことを諦めた彼女は話題をかえることにした。「…あなたとラファエルさんは恋人同士なの?」
いままでミレアの動向を眺めていたレティシアは、思いもせぬ質問に両目を見開く。
「そんな、恋人だなんて…」赤毛の少女はどこか慌てふためく。「彼には…彼に想いを寄せている相手がいるから私にはとても」
「ラファエルさんと釣り合いがとれる相手だから相当な人なのでしょうね」
「とても美しくて、とても強い人…」独り言を呟くように話すレティシア。「でも彼女は想いを寄せる人に盲目となってその代償を支払わされようとしている」
「盲目?」いまこの瞬間のレティシアがまるで別人にしか見えなくなったミレアは不可解な気分に捕らわれる。「代償?」
「彼女はラファエルのことを深く想っているのに、ラファエルの本心は彼女を利用することしか興味がなくて…でも彼女は感情に盲目となっているからいまの幸せにしか目に入っていないのよ」
「よくわからないけど…ラファエルさんはそういうことが平気でできる人なの?」
「彼は目的のためならどういうことでも平然とできる人です」
このときミレアは思った…『平然と人を切り捨てそうに見えた私の観察眼は間違ってなかったのね』
「男って…」ミレアの脳裏に前任地のモスクワで想いを寄せていた相手の顔が横切る。「…甘やかすとすぐに調子に乗るから」
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