第63話 思考透視 vs 思考防御
レティシアが部屋に姿を現したので、ほんの少しの間だけジュリエットの意識がそちらへと向けられた。
「まだ召し上がってなかったですね」
部屋に姿をあらわしたレティシアはミレアに言葉をかける。
「………」
ミレアは何のことだか理解できないので返答のしようもなかった。
「非常食用のビスケットですよ。まだ召し上がってなかったですね」
「助かる見込みがでてきたので、すっかり忘れていたわね」ようやく相手の言わんとしていることを理解できたミレアは食べ物の話題に笑顔を浮かべる。「いまはもう何年も食事していない気分よ」
生きて地上に帰還することができれば恥も外聞もなく食べ物を口にしそうな気がしてミレアは内心で苦笑した。
女二人の会話から自分自身に意識を振り向けたジュリエットは、先程の考えについて再度自身への問いを開始した。
『善であろうとするから迷いがでる。では悪に徹すれば…いや、善とか悪とかの問題じゃない。俺という人間が俺であり続けるために信条を守り続けているんだ。力を濫用すれば自分を見失い結局は自身を滅ぼすことになる』
偉大なる力には偉大なる義務が伴う。超能力の修行においては常々そう言い聞かされてきた。そして力の悪用が必ずしも幸福を招くわけではないことも。
切迫した状況下において自分がどこまで自制心を保つことができるのかジュリエットには確たる自信がなかった。
生き残るためには卑劣な手段も用いざるえない。信条に殉ずるのなら死を選択するしかあるまい。
『………!?』
奇妙な感覚にジュリエットはハッと我に返る。
何か目に見えぬ実体のない触手が心を探っているような感触であった。言葉で表現するのがとても難しいその感触を感じるのはじつはこれが初めてではない。
ミスティアルで過ごしていたときは頻繁に感じる機会があり、地球世界に帰還してからは今日に至るまで長らくその感触からは遠ざかっていた。
テレパシーで心の透視を受けるときの感触だ。
しかしこれは超能力者であるからこそ識別できる感触なのであって、非超能力者ならば何も感じることがないまま心の内側をさらけだすことになる。
その感触を感じた次の瞬間には反射的にシールドを張り巡らせていたので透視が内側に及ぶことがなかった。
物思いの姿勢にあったジュリエットが顔をあげると彼の視線とレティシアの視線がぶつかりあった。
「まさか…」
驚愕の眼差しでレティシアを見つめるジュリエットは信じられぬ思いで呟いた。片やレティシアはジュリエットと視線が合った次の瞬間にはサッと顔を横にむけ露骨に視線をそらせる。
『…超能力者!』
テレパシーで心を透視しようとするその行為は超能力以外の何者でもない。触覚のようなものにまさぐられるあの感覚をジュリエットは超能力者としてよく知り尽くしていた。
『テレパシーの研究に従事する科学者ではなく、彼女自身が超能力者だったんだ。いや、待てよ。ひょっとして彼女は…』
「きみは…」
ジュリエットがそう呼びかけながら立ち上がるとレティシアは脱兎のごとく部屋から姿を消した。朧気ながら見えたその横顔には気のせいか思いつめた表情が浮かんでいるようだった。
いままでレティシアの話相手であったミレアは突然の成り行きに状況を掌握できず首を傾げてジュリエットを眺める。しかしその彼も無意識のうちにレティシアの後を追い部屋から飛び出していった。
「何なの…あの二人」
あっという間の事態の推移にミレアは状況が理解できずにいる。
驚きの感情の次に感じられたのは疑問である。
目にみえぬ繋がりを持っているように見える二人はどういう間柄なのだろうか。間柄といってもジュリエットとレティシアは知り合って間もないはずだからそれほど親しくもあるまい。
だがミレアが本能的に不快なものを感じつつあったのはまぎれもない事実である。
ただしその感情が何に由来して何処に向けられているのかは当のミレア自身も理解できていなかった。
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