第62話 やはり美形男性は気になるもの…


「私はラファエルさんの意見が一般論だと思うけど」


「それでは高等弁務官としては自分に待機を命じられるわけですね。ここに救援が到着するまで」


 エレベーターのコントロール系統を掌握するか、あるいはここに救援が到着するまで待機を続けるか…ジュリエットがその判断を高等弁務官に仰ぐとミレアは積極策に否定的な返答をした。


「ルクレール君の打って出たい気持は理解できないわけではないのよ。でも考えてみて…私や生存者の方々はきみときみの機動歩兵の存在にすごく安心感を感じているの。それがほんの少しの間でもいなくなることがどれだけ不安なことか」


 ようするにミレアもラファエルも保守的な考えに固執しているということだ。このような緊迫した状況下では人として当然のことなのかもしれない。


「了解しました。それでは高等弁務官のご命令通りこのエリアの防御に専従します。ただし自分としてはいつの時点で救援が到着するのか確たることは申し上げられませんが」


「手遅れになるほど遅くはならないわよ」


 そのような確信がどこから出てくるのか、ジュリエットには不思議でならない。


 おそらく何の根拠もないのだろう。なまじ機動歩兵が存在するから薄氷程度にしかすぎない安心感に浸りきって挑戦することから逃げているに違いない。


 だがしかたあるまい。ミレアは文官(非軍人)とはいえラザフォード駐留軍を統括する最高司令官なのだ。その一員たるジュリエットはミレアの命令に服従する義務がある。


 他方でミレアは、自分の返答に相手が不満げなオーラを発するのを感じ取っていた。


 これまで軍を統括する責任者として何かにつけて突進しがちな軍人たちの手綱を引き締めてきた経験から、平均的な軍人というものは長期的視野に欠けた短絡的なタイプが主流であることを知っていた。


 目前の男もその主流派に属するのだろうか。しかしミレアにはジュリエットが聡明な人物のように感じられていた。そして同時にあまり軍人らしく感じられないことも…。


「ところで…」ミレアは好奇心に満ちた目を機動歩兵の少尉に向けた。「ルクレール君の出身って、どこなの?」


「出身…ですか?」突然の話題転換にジュリエットは少しばかり戸惑う。「アルファ・ケンタウリ星系です」


「太陽系のお隣なのね」ミレアはお隣という言葉それとなく強調しているようであった。「私は地球出身。でもきみの星系には一度も訪れたことはないわね。恥ずかしい話だけどこの星に赴任するまでは一度も太陽系から出た経験がなかったから」


「自分は士官学校と火星駐留軍勤務で太陽系に居住していた時期があります」


「連合軍の士官学校があるのは…たしかオーストラリアじゃなかったかしら?」ミレアはジュリエットが肯定の返答をするのを確認すると続けて言った。「地球の印象は?」


「人類発祥の惑星だけに歴史的な文化が数多く見受けられる星ですね。機会があればまた行ってみたいと思いますよ」


「私が地球に転属するよりも先にきみが地球を旅していそうね」ミレアは苦笑混じりに言い、そしてじつに微妙な質問をじつに絶妙なタイミングで口にした。「ルクレール君は結婚しているの?」


「いえ…独身ですが」


 その言葉にミレアは内心でほくそ笑む。


 ジュリエットにしてみれば、このような状況下において結婚の有無を確認するような質問が飛び出してくるとは思わなかった。


『気のせいかな…この人に誘導尋問されてるような』


「ラザフォードへの転属は希望で?」


「希望ではないですよ」ジュリエットの言葉は事実ではなかった。「独り身で行動に制約がないので転属候補としてピックアップされたのだと思います」


「ご家族は…?」


「自分に家族はいません」


 人工冬眠装置を使用した時点でそれは運命づけられていたのだ。目を覚ましたときには口にするのもはばかれる年数が経過していた。


「…聞いてはいけなかったみたいね」


「お気になさらずに」ジュリエットは笑顔を取り繕った。「もう慣れましたから」


 この宇宙に自分を知る者は誰もいないのだと彼は思う。本来生きるべきはずの時代は遠い過去となり、その時代に彼と過ごした者は現代には存在しない。


 気まずくなったミレアは口を閉ざしてしまう。


 この方がいいとジュリエットは思った。


 身の上話は得意ではないし不用意に話せば超能力者であることを気づかせる危険だってある。まして相手は高等弁務官だ。ラザフォードにおける超能力者摘発の統括はこの人物の職務に属する。


 むろん自身の「信条」さえ放棄すればラザフォードでの生活がとても快適になるのはジュリエットにもわかっていた。


 テレパシーで高等弁務官の心理操作をおこなえばいいだけのことである。ラザフォードの統治者を意のままに操れば摘発を恐れるジュリエットにとってこれほど都合のいいことはない。


『信条を捨て卑劣な生き方をすればどれだけ楽なことか…俺はいったい何にこだわっているんだ』


 超能力者への弾圧があるとはいえその力を巧みに利用すれば、社会的に大成功をおさめ面白おかしく余生を過ごすことができるのはわかっている。

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