第46話 囮役を強いられる人工生命体の少女

 既に眠りについてるミレアにラファエルは無針注射器で睡眠薬を注入した。


「………」


 その行為に何の意味があるのか理解できないレティシアは、ただ黙ってラファエルのおこないを眺めるだけであった。


「レティシア、おまえには重要な仕事がある。ここで高等弁務官を監視する以上に、な」ラファエルは無針注射器を片手に振り返った。「生き残りの所員に成りすまして機動歩兵のパイロットをこの階にまで誘導するんだ。間違っても人工生命体であることに気づかれるな」


「私には…」


「おまえならできる。リリスでは無理だ。エルフの容貌に加えてああいう性格だからな。そして私にはメインフレームを制御する必要上からあまり長い間コンソールの前を離れるわけにはいかない」


「でも…」


 戦闘をおこなえと指示されているわけではないが、身も知らぬ地上の人間を…しかもいつ人工生命体であることが露見して殺されかねない相手を…詐術するのは気がすすまなかった。ミレアと異なり相手は武器を持っている。


「私は何も特別難しいことを言っているわけではない。コツは簡単だ…弱さを武器にすればいい。弱さを前面に出して同情を誘え。人間という生き物にはそういう甘い面がある。弱さで相手を油断させこの階にまで誘導するんだ」


「………」


「おまえがこの役目を果たさなければ地上への脱出方法は強行突破しかなくなるぞ。リリスは狂喜するだろうが私はご免だ。地上で待ち構えている連中すべてを敵にまわせる程自分の力を過信してはいないからな」ラファエルは無針注射器をサイドテーブルへと静かに置いた。「厳しいことを言うようだが今回の決起に関しておまえの貢献はまだ何もない。その意味ではリリスがおまえに腹を立てるのは理解できる。そろそろ目に見える働きがあってもいい頃ではないのかな」


 レティシアが今回の反乱について当初から反対の立場であったことをラファエルは触れなかった。


 彼女としては断ることもできるがそれは現実的な選択ではない。もはや反乱は起こされ後戻りできない立場にある。ここでラファエルの指示を拒絶すればリリスはますます増長し、今後いかなる事態があってもラファエルは助けの手を差しのべてくれないだろう。


 もはや前に進むしかないのだ。


 地上の人間をおびき寄せるための餌をレティシアは演じなければいけない。しかもラファエルやリリスのように戦闘能力に秀でてないから、餌役であることが発覚すれば死を覚悟しなければいけない。


 相手が不明なだけにレティシアの不安は限りなく膨れあがる。

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