第47話 危険な気配

「いったい…どういうことだ?」


 ジュリエットは呆然とした眼差しで、機外カメラが送信する機動歩兵の残骸映像を眺めていた。


 作戦方針に反し自己判断で偵察を続行したジュリエットが、部下の一人を見つけるのにそれほど時間はかからなかった。


 彼は機外カメラの倍率を拡大させると残骸の機体番号に焦点をあわせる。


「ベルトーニ軍曹…」


 ジュリエットは機体番号から残骸機のパイロット名を口にした。


 もはや微動だにしない機体。


 機体の上半身は濃硫酸の雨にでも見舞われたのごとく酷く腐食しており、機外装置は高出力レーザーやパルスレーザーといった武装類を初めとして映像でもそれとわかる程に損壊していた。


 右脚部は本体からもぎれており残骸は通路の壁にもたれかかるような姿勢で倒れている。


 ジュリエットは通信でコクピットに呼びかけるが、強力なジャミングはわずかな距離感の通信でさえ不可能としていた。


「ベルトーニ軍曹」機外マイクで彼は呼びかけた。「いるなら姿を見せろ」


 反応はない。同じ呼びかけを三度繰り返すが結果は同じであった。


「………」


 ジュリエットはコクピットのハッチを開きウィンチで通路に降下する。こうなっては自分の目で確認するしかあるまい。


 傾いた残骸のコクピットに近づくとハッチが何かに貫かれたかのように穴が空いていた。それほど大きくはない穴だがエネルギー兵器の貫通跡ではなさそうだ。物理兵器で機動歩兵の複合装甲を貫通させようと思えば、かなり高性能のレールガンを使用するしかない。


 この施設のどこかにそういう兵器があるということなのだろうか。


 ジュリエットはハッチに近寄り穴から内部を覗いてみた。そしてハッと息を息を飲み込む音。


「軍曹…」


 HUD(ヘッドアップディスプレイ)を貫きパイロットスーツを貫いたそれはベルトーニを絶命させていた。コクピットの床に広がるパイロットの血。呼びかけど微動だにしない体。


 死んでいるのは明らかだ。


「…濃硫酸の噴射装置にでも攻撃されたのか?」


 腐食した上半身を見つめるジュリエットの心中は部下の死で穏やかではなかった。閉ざされたハッチを外側から開けることはできなかった。


『命令を無視してでも密集体型で行動すべきだった…』


 後悔の念が心の底に沸き上がる。


 ドルジ曹長も同様の末路をたどったのであろうか。


 アルデバランでもこういうことはあった。だからもう慣れきっていたものだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。


『どうして後悔する必要がある?』


 ジュリエットは自問した。


『俺は人の死に無関心なはずだ。嘘つきの地球人の死には』


 ミスティアル人と生活をともにするうちに自分が地球人であるというアイデンティティーは次第に薄れ、地球世界に帰還して同族の心を透視するうちに地球人であることが恥ずべきことであるように思えたのだ。


 残骸を見上げる心の中ではもう一人のジュリエットが地上に引き上げるべきだと囁きかける。


『超能力者として極刑になるのを避けるためにラザフォードに逃れてきた。ならばなぜ自分の命を粗末にする必要がある。くだらぬことのために地下で朽ち果てる必要もないはずだ』


 ジュリエットはホルスターのケースを外すとレーザー銃を取り出した。


 セーフティを解除してトリガーに指をかけると振り返り通路の少し先にある十字路へと銃口を向けた。


「出て来い。そこに隠れているのはわかっている」


 パイロットスーツとヘルメットで気密状態が保たれているジュリエットの声は通話用マイクを通して通路に響き渡る。


 生の声ではないのでどこか無機質だ。


「出て来い」


 姿を見せぬ相手に再び告げる。


 じつをいうとジュリエットは機動歩兵の機体を降り立ったときから不意打ち防止のために超能力を使用していた。


 彼は精神を研ぎ澄ますことにより生物が放出する微弱な宇宙エネルギーの波長を感知することができるのだ。


 機動歩兵のパイロットは機動歩兵に搭乗しているからこそ本領を発揮できるのであって、機体を降りてしまえば何の役にもたたない。


 だから自動モードをオンにして機動歩兵が無人状態でもAIによる戦闘が可能な状態にすると同時に、超能力での探知網を張り巡らせて二重の安全策に努めたのだ。


 しかし正直なところ生物の存在を探知するとは思ってもいなかった。むろんそれが人間だという保障はどこにもない。犬や猫という可能性だってある。


「いまから三つ数える。それまでに姿を現さない場合は敵意があるものと見なし実力行使をおこなう」そして彼は姿なき相手に引導を渡すことにした。「この実力行使には射殺も含まれる」


 超能力を使用すればもっと手っ取り早く、しかもスマートにことが解決する。だがそういう手段を彼は望まなかった。


「一つ」


 ジュリエットは姿なき相手を人間だと予想していた。根拠はないが他の生物は状況的にありえないと思えたのだ。


「二つ」


 実力行使云々に関する警告はむろんはったりであった。そうでも言わなければ状況が進展すまい。もちろん敵対行動をおこなうようであれば警告通りになる。


「三つ」

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