第31話 ブリーフィング

「…先行の第1小隊が研究所内の偵察をおこなう。行動予定時間は三十分だ。三十分経過後は地上出入口に帰還するように」


 防衛軍司令部作戦部長のバラミール中佐は、ホログラフとして投射される地下第一層マップをポインターで示しながら作戦説明をおこなっていた。


 第65機動歩兵隊を統率する立場のチーホノフ少佐は特に口を挟むことはなく、最前列の席で作戦説明に耳を傾けていた。


 といってもブリーフィングが開始される以前に一通りのことは聞かされていたから目新しいことは何もない。


「第2小隊は地上で待機。偵察結果次第では第1小隊とともに研究所の制圧をおこなう。万一…」バラミールはやや口ごもる。「…第1小隊が偵察から帰還しない事態になれば第2小隊がその任務を引き継ぐことになる」


 その言葉は第1小隊が全滅する可能性を示唆していた。


 一瞬であるがブリーフィングルームが奇妙な沈黙に包まれる。


 軍は長い間にわたって外敵と戦争していなかったから独立勢力や反乱鎮圧以外に戦闘を経験したパイロットが存在しないのだ。すなわち機動歩兵においては戦闘未経験のシミュレーション育ちパイロットが大半ということになる。


 独立勢力との戦闘や反乱鎮圧にしても圧倒的な軍事力を有する連合軍が一方的な戦いをおこない、なおかつほとんどの戦闘をアンドロイドで代行していたから、機動歩兵のパイロットは恵まれた環境下で勝利の約束された戦闘しかおこなっていない。


 だが今回の作戦はどうだろうか。


 もちろんスケールはまったくもって小さい。しかし主力兵器のアンドロイドがいまもって帰還せず、ジャミングによって通信は不可、しかも何らかのトラップが仕掛けられているかもしれないという。敵の正体は依然として不明だ。


 これは勝利の約束された作戦ではない。


 つまり従来の戦闘よりも死亡の確率が高いということだ。ブリーフィングルームに集合させられたパイロットは嫌でも死を意識させられた。


「言い忘れていたが高等弁務官の救出は何よりも優先されるので発見した場合は直ちに地上までお連れするように」ホログラフは地下第一層マップから等身大のミレアへと切り替わった。「ここの統治者を知らない者がいるとも思えないが顔ぐらいは覚えておくように」


 かつては知らなかったジュリエットは作戦部長の言葉に声なき苦笑をうかべる。


 




 ブリーフィングが終了すると二人の小隊長はチーホノフ隊長の部屋に呼び出され更なる詳しい打ち合わせがおこなわれた。その大半は第1小隊に関するもので、地上待機の第2小隊に関しては付随的な部分が大きかった。


「敵の正体が不明なのがちょっと痛いな」


 打ち合わせが終了し隊長室から出たアヴシャルは今回の作戦に関する最大の問題点を口にした。


「おまえさんには期待しているよ。アルデバランで実戦は経験済みだろうから」


 第1小隊長はジュリエットの肩を軽くポンと叩いた。


「あのときとはまるで状況が違いますよ。今回はバックアップなしに小隊の単独行動ですから」


「だが少なくともおまえさんには実戦アレルギーがない。両小隊ともシミュレーション育ちが大半だからな。ビビって味方を攻撃しかねない奴も出てくるぞ」


 アヴシャルは「頼むな」と告げると己の小隊へと歩いていった。しかし作戦予定では当初の行動は第1小隊のみで実施するのだから地上組のジュリエットにはどうしようもない。


 機動歩兵を収納している格納庫へと移動する途中にミルヴェーデン伍長がジュリエットのことを待っていたらしく、彼の姿を見かけるとあわてて駆け寄ってきた。


「小隊長、隊長機前に小隊の集合が完了しています」


 随分と準備がいいな、とジュリエットは思った。おそらく隊本部あたりが事前に指示しておいたのだろう。隊長室での打ち合わせ終了後すぐに小隊ミーティングに移行できるように。


 隊長機の前には三人のパイロットが集合していた。


 ドルジ曹長、ベルトーニ軍曹、ライ伍長…いずれも単座型機動歩兵を任された者たちばかりだ。


 小隊は隊長のジュリエットとミルヴェーデン伍長を加えて計五名から編成されている。その編成人員は第1小隊も同様だ。この五名の人員をもって複座型機動歩兵を一機と単座型機動歩兵三機を操ることになる。


「敬礼!」


 ドルジ軍曹の号令で全員がジュリエットに敬礼する。小隊長の返礼が終わると「直れ!」の号令で部下たちの腕が下がった。


「作戦部長によるブリーフィングで概要は承知しているだろうから改めて言うつもりはない。だが第1小隊がすべてを解決し、われわれ第2小隊は待機のままで作戦が終了するという甘い考えは持つな。常に最悪の事態を想定して作戦に望め」


 ジュリエットは楽観的な予想が心に隙をつくらぬよう冒頭で注意喚起した。


「隊長の方針により機動歩兵への追加装備は認められない。地下施設内で大きな破壊力…特に爆発力のある武器を使用するわけにはいかないからだ。施設そのものが埋没する可能性がある」


 追加装備が認められないことはただでさえ不明な状況下において不利な要素を持ち込むことを意味していたが、地下施設内で破壊兵器を用いればどういう結果になるのかは明らかだった。


「いまのところ敵は不明だがそのことを必要以上に恐れるな。過ぎた恐怖心が行動に支障をあたえないことを期待する。以上だ」

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