「確かに久義ひさよしが言う通り良く似ているわね、でもあれはちょっと違うのよ。良く見てごらんなさい、体力自慢の貴方があんなになったっていうのに彼は全くそんな感じがしないでしょ?」

 廉然漣れんぜんれんが言うように、身体を鍛えて体力だけが取り柄だった辻堂つじどうがここに来るころには見る影もなく衰えていた。

 しかし目の前に居る、自分と良く似ている状態のはずの知哉ともやは、自分よりも体力がなさそうに見えるのに全く平気と言った感じに見える。

「何処がどんなふうに違うんですか?」

久義ひさよしはもう気付いたけど、宿香御堂やどこうみどうに来る前までは気付いてなかった。その点は彼も同じね、ただ久義ひさよしの場合は久義ひさよし自身が自分という物があるのが分かったうえであんな風になっていたけど、彼は自分という物が何なのか分かっていない状態なのよ。もっと詳しく言えば自分という物を忘れたうえで知哉ともや君を演じているって感じかしら。此処の大主人である神子みこちゃんが教えるのが駄目だっていうってことは、それ以外にも何かあるのかも。あの程度の事、どうにかしようと思えば神子みこちゃんなら朝飯前だもの」

 みことに対して、宿香御堂やどこうみどうのロビーで初めて会った時は、平均的な女性より少々小柄であるのに、男をそそるような体つきをしたモデルの様でもあり、童顔なところが庇護欲を沸き立たせる女の子のようという、複雑な印象であった。

 しかし、それだけであり、言っても普通の女性で宿の主人なんだという感じでみていた辻堂つじどうだったが、宿香御堂やどこうみどうの狼の間を利用して出てきたときには、みことに相対するのも大変なほどの威圧感を覚え、さらには恐れという感情まで湧き上がっていた。

 また、廉然漣れんぜんれんや他の者達の尊に対しての接し方を見るに、これは逆らってはいけない凄い人だということぐらいはひしひしと感じ、廉然漣れんぜんれんが「朝飯前」と言ったことも自然と受けいれることが出来る。

「尊さんと言い、廉然漣さんと言い、その存在自体が凄いのはわかりましたが、結局、宿香御堂やどこうみどうって一体何なんです?」

「実際体験したんだから何という事は分かると思うけど?」

「実体験の話ではなく、存在として何なのかっていういことです」

「あら意外。筋肉ばっかりだからてっきりそんな細かいこと気にしないんだと思っていたわ」

「人を筋肉馬鹿みたいに言わないでください」

 少々不機嫌になった辻堂つじどうにケラケラと声を立てて笑った廉然漣れんぜんれんは、視線を知哉ともやに向けてからそっと耳打ちした。

神子みこちゃんがバラしちゃ駄目だっていうからここで話すのは駄目ね。久義の無事を伝える意味でもこれからちょっと道祖土さいどの所に行きましょうか。私も久し振りに不肖の弟子に会いたいし」

 ウィンクしながらそう言った廉然漣れんぜんれんに分かったと頷いて、二人は目の前にある食事を平らげ、掃除中の知哉ともやに挨拶をして宿香御堂やどこうみどうに向かう。

 ロビーに姿がなかったため、客室の方に回れば、泊り客の為の準備をしているみことがいて、二人に呼びかけられたみことは、掛け軸を入れ替えている手を止める事無く視線だけを二人に向けた。

「やっと帰るのか?」

「少しぐらい惜しんでくれてもいいんじゃないの?」

「貴様は予約もせず、二日おきに宿を利用して、さらに用事もないのにしょっちゅう現れるだろうが。そんなやつを惜しんだりはせん。それで、帰るんだろう? 余計なことは言ってないだろうな」

「当たり前でしょ。神子みこちゃんの所有物だし、言うなって命令されちゃったからっていうのもあるけど私だって端くれよ、彼の状況が分からないわけじゃないわ。あんなのさっさとやっちゃえばいいと思うんだけど、そうしないのは理由があるんでしょ? とはいえ、あれは少し問題よ。早めに対処したほうが良いと思うんだけど」

「分かっている。ただ少し厄介なことになっていてな、実は」

 尊は外した掛け軸を巻き、新たな香を炊く準備をしながら廉然漣れんぜんれんに話し始めた。

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