「これは一体! というか、自分で歩きます。歩けます」

「あら、やっと現実世界に戻ってきたみたいね。驚くのも無理はないだろうけどそのアスラはそこら辺の男共よりもずっと力があるのよ。アスラ、別に降ろさなくてもいいわ面倒だからそのまま連れきてちょうだい」

「了解した」

 それだけを言うと瑞葉みずはは手すりから姿を消し、瑞葉みずはにアスラと呼ばれた女は辻堂つじどうを抱えたまま階段を上る。

 先ほどまで瑞葉みずはがいたその場所にやってくると、アスラは辻堂つじどうを足の方から床に下し、手すりの向かい側にある部屋のドアを開いて辻堂つじどうに中に入るように促した。

 ドアから部屋の中を覗いてみれば屋敷の大きさに比例する様に一部屋もとても広い。

 辻堂つじどうが居る住み込みの部屋の何倍もある。バルコニーに通じる窓際で、革製のソファーに足を伸ばして上半身を辻堂つじどうの方にひねりながら、瑞葉みずはは部屋の中央にある椅子に腰かける様に言った。

 言われるままに腰を下ろして部屋を眺めれば辻堂つじどうでも分かるぐらいに豪華な家具が据えられている。

 そしてその家具と同化しているのでは? と思うほど部屋の隅ではアスラが微動だにせず立っていた。

 まるで次の命令を待つかのように佇むアスラを見て、この屋敷の中の誰よりも自分の目の前に居る瑞葉みずはという女性が偉いのだろうと辻堂つじどうは思い、自分の置かれている状況が分からない今、この女性には逆らわない方がいいかもしれないと警戒して体を固くする。

「そう硬くならなくてもいいわよ。別にとって喰うつもりはないから」

 お嬢様のように見える目の前の美しくたおやかに微笑む瑞葉みずはの言葉は乱暴な響きを持っていて、喋ると一気に美しくたおやかそうなお嬢様の気配が無くなった。

「別に食べられるとかそんな事で硬くなっているわけじゃないです。それに硬くもなるでしょ、全く自分がどうしてこんなところに居るのかわからないんだから」

 辻堂つじどうの言葉に、瑞葉みずはは少し蔑むような瞳で辻堂つじどうを見て言う。

「あら、人間だってお肉よ。食べようと思えば食べられないことは無いし、『喰う』という表現にはいろんな意味があるからそんなことで安心しては駄目よ」

 赤い唇を引き上げ、舌なめずりして辻堂つじどうを眺める瑞葉みずは

 その瑞葉みずはの様子に悪寒が走っていくのを辻堂つじどうは感じ席を立とうとしたが、すぐに肩が押さえつけられて立つことが出来なくなった。

 きつく力づくで押さえつけられているわけではないので痛くはないが、それでもそれに逆らって立つことはできない。

 一体何だと視線を向ければ自分を抱えてきたアスラがいつの間にか背後に居て自分の肩に手を置いている。

「客人、お嬢はまだ帰っていいと言ってはおらぬ」

 どうして自分が席を立ち、帰ろうとしていることが分かったのかと辻堂つじどうは瞳を丸くしたが、目の前から呆れたような溜息が聞こえてきて視線を前に戻した。

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