「……い。おい! 食事の時間だぞ。ここは時間厳守だと冊子の見開きに書いてあったと思うが」

 少々乱暴に頭をはたかれて目を覚ました知哉ともやは、体を起こして大きな伸びをする。

 みことが開けて入って来た障子の向こう、廊下にある窓からは鋭く光り輝く白い朝日が差し込んで、思わず瞳を細めてみことを見つめた。

「朝五時に起きろと確かに言ったはずだが、ぐうすか思い切り寝ているとは、全くの大物だな。今日の所は初日ということで不問にしといてやるが次は無いからな。それで、ここの間取りは覚えたか?」

 かなりの不機嫌さを眉間に表わして知哉ともやの頭上から言葉を浴びせるみことに、知哉ともやは大きな伸びをしてあくび半分、ため息をついて立ち上がる。

 そのまま仁王立ちするみことから視線を左に動かし古い振り子時計を眺めた。

 五時三十六分。

 普段であれば当然の如く寝ている時間であり、こんな早起きはいつ以来だろうとぼんやりとした頭で考える。

「何時までも寝ぼけた顔をしているな。間取りは覚えたかと聞いている。どうなんだ?」

「はい、大丈夫です。覚えました」

「其れならさっさと洗面所に行って、顔を洗ってしっかりと目を覚まして来い。その後は台所横の部屋にくるんだぞ」

 立ち上がった知哉ともやに半分呆れたような顔で言ったみことは部屋を出て廊下を左に。

 みことに軽く頷いた知哉ともやは額を左手で押えながら部屋を出て右に歩いていった。

 香御堂こうみどうは主に三棟に分かれている。

 人が交差するのがやっとの山道を登ってすぐに見える建物が「温泉宿おんせんやど」の香御堂こうみどう

 もともとはこうを扱う店舗兼住宅であったが、温泉が湧き出た為、先代が店舗兼住宅を宿泊施設に改築し「宿香御堂やどこうみどう」ができあがった。

 温泉を挟んで右にあるのが「こう」を扱う香御堂こうみどう店舗。

 以前の香御堂こうみどうをそのまま再現した形となっているが、住居部分はなくなり、店舗部分のみの再現となっている。

 そして店舗のさらに右、小さな橋のかかった小川を挟んだ先にある、建物がみことや知哉ともやが居る居住スペースである家屋となっていた。

 「宿香御堂やどこうみどう」と温泉部分の建物はその全体を竹でできている建仁寺垣けんにんじがきで囲まれている。

 宿に出入りするには山からの道の方にある出入り口を通るしかなく、温泉宿ではあるが、かなり閉鎖的な近寄りがたい雰囲気だ。

 一方、香御堂こうみどうと住居にはそのような囲いは無く、広く開けられた店舗の入り口のガラス戸から誰でも気兼ねなく入ってこられる雰囲気であった。

 知哉ともやの部屋は居住スペースの北側に位置し三部屋並んだ真中の部屋。そして、中庭を挟んで向こう側の同じ間取りの三部屋がみことの部屋となっていた。部屋から出て東に向かえば洗面、手洗い、風呂があり、西に向かえば台所と二部屋の和室がある。台所のある部分とさらに西側にある店舗部分は二階があり、あとは平屋建て。

 知哉は少々軋みをあげる板の間の廊下を洗面所へ向かいながら昨日はあまり見て回らなかった、これから自分が世話になる家屋を眺める。

 今はみこと一人のこの場所にも以前は雇われている人が居たのか、見ておくようにと言われた文机の中の冊子は随分気の利いた冊子で、この家の間取りまできちんと記されていた。

 その為、初めてであるにもかかわらずどこにどんな施設があるか把握できており迷うことは無い。学校の勉強はそこそこだった知哉ともやでも覚えるのはたやすい簡単な間取りだった。

 知哉ともやはこれまで木造のこのような建物に住んだことは無い。

 自宅はマンションから新興住宅の鉄筋コンクリート建てへ引っ越し、勿論祖父達の家もこのような木造土塀ではなく鉄筋コンクリート建て。ゆえにこの香御堂こうみどうの様な建物は興味深い物でもあった。

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