希望、小四。そのよん
「あれ? ノゾミ? 今日は用事があったんじゃないのか?」
「え? あ、うん。予定が変わっちゃって」
次の日の夕方、昨日と同じ公園で、タクミ君と遭遇した。ついでに、ミマも。用事とは、何のことだ。そんなものなかったはずだ。ノゾミは、一瞬ミマを見た後、咄嗟に嘘をついた。ミマは、気まずいようで、顔を逸らしていた。ああ、なるほど。つまり、タクミ君には、ノゾミは今日は用事があって来られないと嘘をついていたようだ。もしかしたら、昨日僕がミマにブチギレてやったから、それで気まずいのかとも思ったけれど、そんな事はないだろう。
「なんだあ、用事がなくなったのなら、ノゾミちゃんも一緒に遊べばよかったのに」
ミマが白々しく白い歯を見せている。と、そこで、僕は辺りをキョロキョロと見回した。ランクの姿が見当たらない。
「あれ? ランクはどうしたの?」
ノゾミは、僕の様子を察してか、代わりに聞いてくれた。
「ああ、ランクさ、なんか今日は機嫌が悪かったみたいで、超吠えるんだよ。だから、散歩を切り上げて、家に置いてきたんだ」
おお、やるじゃないか! ランクは、僕との約束を果たす為に、ミマを追い払おうとしてくれた訳だ。それで、その結果、ランクが家に戻された訳だ。なんだか、申し訳ない。僕のせいで、大好きな散歩を中断させられたのだ。その結果、ミマがタクミ君を独り占めしている。作戦が裏目に出てしまった。
「あの、それで、拓海君。静哉君の調子はどう? 受験勉強は順調そう?」
「どうだろうなあ? 詳しくは分からないけど、大変そうだよ。でも、兄ちゃんは俺と違って頭いいから、大丈夫でしょ?」
「うん、そうだね。それじゃ」
ノゾミは笑みを見せ、手を振った。リードを引っ張られて、僕達は公園から出て行った。あれ? もういいの? なんだか納得のいかない僕は、何度も後ろを振り返った。僕と目が合ったタクミ君は、手を振ってくれた。タクミ君の隣では、何事もなかったかのように、ミマが楽しそうに話をしている。やるせない気持ちになった。顔を上げて、ノゾミの顔を見ようとしたけど、顎のラインしか見えず、表情は確認できなかった。ノゾミは、無言のまま真っ直ぐ正面を見て、足早に歩いていく。はっきりとは分からないけど、きっと不愉快な思いをしているだろう。嘘をつかれて、仲間外れにされたのだから。挙句の果てに、嘘の片棒まで担がされて。ノゾミは、少し優し過ぎる。そのせいで、ノゾミ自身が、嫌な想いをしなければならない。もちろん、そんなノゾミも大好きだけど、もう少し自分にも優しくなって欲しいものだ。
その日の夜、夕飯が終わって、一家団欒まったりしていた。ママとノゾミが、テーブルで世間話をしていた。僕は、ママの膝の上で丸くなっている。お腹いっぱいで、ウトウトしていた。パパとノゾムは、ソファに座ってテレビを見ながら、ゲラゲラ笑っている。うるさいから、もう少し静かにして欲しい。
「ねえ、ママ? 受験にご利益があるお守りって、どこで売ってるの?」
ノゾミが突然、テーブルに身を乗り出して、口元に手を当てている。
「受験にご利益? ああ、合格祈願のお守りね。どこだろう? ちょっと、待ってね」
ママは、少し考えた後、スマホを手に取り、画面を触っている。
「ああ、ここだね。この神社が一番近いし、ご利益があった人も多いみたい。今度の休みに、連れてってあげようか?」
ママがスマホの画面をノゾミに見せると、ノゾミは可愛らしく微笑んで頷いた。ノゾミのこんな顔は、久し振りに見た気がする。受験? ああ、そう言えば、タクミ君のお兄さんであるシズヤ君が、受験だって言っていた。そうか、ノゾミはシズヤ君の応援をしてあげたいんだね。僕もシズヤ君は、優しくて大好きだから、賛成だ。きっと、喜んでくれるに違いない。
数日後今日は、学校も会社も休日で、家族五人で神社へと向かった。たまに僕だけ留守番をさせられる時があるから、今日は一緒に連れて行ってくれて嬉しかった。賽銭箱にお金を入れて、ノゾミは顔の前で手を合わせている。一生懸命お祈りをしている。きっと、シズヤ君の事をお願いしているのだろう。そんなノゾミの姿が愛おしくて、僕は抱き着きたくなったけれど、我慢した。
お守りを購入し、帰宅したノゾミは、すぐに自室へと入っていった。僕は急いでノゾミの後を追うと、ノゾミの部屋の扉が開いていた。扉の前にいたノゾミは、僕が部屋に入るとすぐに扉を閉めた。まるで、僕が来る事を待っていたみたいだ。ノゾミはベッドの上に座って、僕も飛び乗った。ノゾミがベッドの上で正座をしたので、僕はノゾミと向かい合うようにして、お座りをする。
「ホップ、ちょっと、練習に付き合ってね」
ノゾミは、お守りを袋から取り出し、両手で持っている。そして、腕を伸ばし、お守りを僕の前に差し出した。
「シズヤ君。これ、合格祈願のお守り。よかったら、もらって下さい!」
僕は小刻みに震えるお守りを眺め、ゆっくりと手を乗せた。お手をする形になる。手を引っ込めたノゾミは、天井を眺めながら、なにらやブツブツ呟いていた。そして、もう一度、腕を伸ばした。
「この前、偶然神社に行って、たまたま売ってたから、なんとなく買ってみたの。いらなかったら捨ててもいいよ」
僕は、首を横に倒した。偶然、たまたま、なんとなく、捨てていい―――嘘ばっかりじゃないか。僕は、ジッとノゾミの顔を見つめる。
「や、やっぱりダメだよね? 今のなし」
お守りを戻したノゾミは、大きく深呼吸をしている。お守りを胸に押し当てて、ノゾミは固く目を閉じた。そして、大きく目を見開き、お守りを差し出した。
「このお守り凄くご利益があるんだって! それに、合格しますようにって、沢山沢山お祈りしたから、このお守り持っていたら、必ず合格できるよ! ・・・何様!? 私、何様!? 私なんかがお祈りしたくらいで、お守りはパワーアップしないよ!」
ノゾミは、なんだかよく分からないテンションで、顔面を両手で隠して、後方に倒れていった。お守りを渡すくらいでなにをそんなに・・・と、思ったけれど、顔を真っ赤にして、一生懸命頑張っているノゾミが、とてつもなく愛おしい。
そうか、ノゾミはシズヤ君に、直接お守りを渡したいんだ。
あれ? という事は―――僕は盛大に勘違いをしていたのではないのか? ノゾミは、タクミ君に恋をしていると思っていたのだが、シズヤ君の方か。寂しそうにしていた原因は、シズヤ君が忙しくてなかなか会えなくなってしまったからなのか。それと、ミマだ。ノゾミはきっと、ミマと仲良くしたいのだ。しかし、ミマはノゾミの事を利用していただけだと知り、悲しんでいたのだ。そう考えると、辻褄があってくる。恋心を抱いていない人に、お守りを渡すだけで、これほどまでに思い悩んだりはしないだろう。
ノゾミは、ガバッと起き上がって、お守りを差し出す。
「シズヤ君。よかったらお守りを受け取って下さい。私、シズヤ君の事が・・・ス・・・ス・・・ス・・・ス・・・・・・・無理ぃ!」
無理かあ! ノゾミは、また後方へと倒れていった。もう少しだったのに、惜しかった。でも、これで決定的だ。僕は、ベッドで仰向けになって、項垂れているノゾミを見つめた。なんとか、力になってあげたい。
僕に出来る事は、なんだろう。
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