希望、誕生。そのに
けたたましく鳴り響くサイレンで、僕は飛び起きた。毎度の事ながら、非常に体に悪い。サイレンの音にママも飛び起きて、部屋の電気をつける。ママは疲れ切った顔で、ノゾムを抱き上げて緩やかなダンスを踊っている。体を上下に動かし、軽くステップを踏む。夜泣きというものが、ノゾムは酷いようだ。
一階のリビングに隣接している和室で、ママとノゾムとノゾミ、そして僕の四人が眠っている。カズユキは、一人で二階の寝室で寝ている。カズユキは仕事がある為に、安眠を確保する為の措置のようだ。僕は、いつもママを傍で見ているから、大変なのは分かっている。でも、それは夫婦二人で決めた役割分担のようだ。ママはノゾムにつきっきりになっているから、僕はノゾミの傍に歩み寄る。顔を覗き込んでみると、ノゾミはこの喧騒が嘘のように、スヤスヤと眠っている。さすがお姉ちゃんだと、感心した。ママがノゾムを抱えたまま、和室を出ていった。ママがノゾムを見て、僕がノゾミを見る。僕は、ノゾミの傍で、体を丸くして眠った。
仕事から帰ってきたカズユキが食事を取り終えると、二人をお風呂に入れる。ノゾミをお風呂から出し、ノゾムと交代する。その間に、ノゾミの体を乾かす。ノゾミを布団に寝かし、ママはノゾムを受け取りに行く。
「ホップ! ノゾミの事お願いね」
足早に、ママが和室から出ていった。僕は横になっているノゾミの頭の上に座った。そして、ノゾミの頭を舐める。すると、ノゾミは嬉しそうにキャッキャッと笑う。ノゾミの楽しそうな顔が、僕も嬉しくて、毎日この遊びを繰り返している。そして、僕がノゾミの顔の横で寝そべると、彼女は僕の手を優しく握って、眠りにつくのだ。
「ホップは、ノゾミをあやすのが上手ね。本当に助かるよ。ありがとね」
ママがノゾムを抱えながら、忍び足で戻ってきた。褒められたのが堪らなく嬉しくて、ママに飛びつきたかったけれど、ノゾミがしっかりと僕の手を握っている。眠っているノゾミを起こすのも可哀そうだから、尻尾を振って応えた。
三人で寄り添って昼寝をしていると、突然ノゾムが大音量で叫びだした。飛び起きてノゾムの様子を伺っているが、いつまで経ってもママがやってこないのだ。僕は、ノゾムと和室の扉を交互に見ているが、ママは姿を見せない。ノゾムのお尻の方から、強烈な匂いが立ち込めているので、排泄による不快感に襲われているのだろう。不思議に思った僕は、和室を抜けてリビングへと向かった。すると、ママはソファで眠っていた。疲れ切ったママの表情に、胸が苦しくなったけれど、僕はママの顔を舐めた。ママは、眉に皺を寄せながら、薄目をあけた。疲れ切っているのだろう。本当は、ゆっくり眠らせてあげたいのだけど、それはママが望む事ではない事を知っている。僕の顔を見て微笑んだママが、瞬間的に目を大きく見開いた。ノゾムの泣き声に気が付いたようだ。ママは慌てて和室へと向かい、ノゾムのオムツを交換した。
ママは僕の頭を優しく撫でてくれた後、倒れこむようにして、その場で眠りについた。ママの寝顔を見つめ、頬を舐める。ママの寝息を聞きながら、僕達四人は身を寄せ合い眠った。
その日の夜、カズユキが酒臭い息を吐きながら、遅くに帰宅した。ママは、カズユキを無視していた。それでも、ご機嫌なカズユキが、僕に絡んできた。ママが相手をしてくれないから、僕の方へと来たのだろう。ママの頑張りを間近で見ている僕は、無性に腹が立った。だから、カズユキを怒鳴りつけてやり、手を噛みついてやった。
日に日に大きくなっていく、二人の弟と妹は、既に僕よりも大きい。最近では、短い手足を駆使して、動き回るようになっていた。そこからが、また大変だった。危険を察知すると、服を噛んで引っ張ったり、手に負えない時は大声でママを呼ぶ。目が離せない。なによりも、手で掴める物を取り合えず口に運ぼうとするから、ハラハラしっぱなしだ。一度、ちょっと目を離した隙に、リビングの隅に置かれている僕の部屋へと入った事があった。ママがうっかりして、部屋の扉を開けっぱなしにしていたのだ。その時は、ノゾムが僕の部屋で、玩具をかじったり、僕のウンチを掴んだりしていた。さすがに焦った。僕は、力の限り大声でママを呼び、ノゾムの服を引っ張った。タイミングが悪く、ママがトイレに行っていて、もう無我夢中だった。慌ててやってきたママは、顔面蒼白で急いでノゾムを引っ張り出した。ノゾムは、大音量で泣き声を上げている。きっと、僕が怖かったのだろう。もしかしたら、焦っていたから、ノゾムの体も服と一緒に噛んでしまったのかもしれない。ノゾムへの申し訳なさと、ママに怒られるかもしれない恐怖で、僕はソファの陰に隠れた。恐る恐る顔を出して様子を伺うと、ママと目が合った。すると、ママは僕の名前を呼んだ。怒られるかもしれない。僕は頭を下げながら、ゆっくりと歩み寄った。だけど、ママは僕を叱らなかった。それどころか、物凄く褒めてくれた。だけど、ちっとも嬉しい気持ちにならなかった。ママは、自分の不注意を悔いているようで、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
僕は居た堪れなくなって、ママの胸に飛び込んだ。慰めてあげたい想いもあったし、甘えたい気持ちもあった。こんなにも頑張っているママは、誰に褒めてもらっているのだろう。誰に甘えているのだろう。カズユキは、頼りないし。ママが、倒れてしまわないか、心配で仕方ない。僕に出来る事は、全部やろう。少しでも、ママの力になってあげたい。そう思わずには、いられない。
この時期くらいから、弟と妹にある違和感を覚えるようになっていった。
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