22.Last Minute―2

(外置が規格化されていて、本当に良かった……)

 すこし肩の力が抜ける感じで高橋少佐は思っていた。

 その目は戦術ディスプレイを見ているようで、実際に見ているのは、主計長経由でつい先ほど届けられた――〈くろはえ〉が護衛している輸送船〈あうろら〉全乗員の生体情報だった。

 船団全船の遷移に同調できず、取り残されて、かつ、再度の遷移実行にも困難をきたしたフネの乗員たち。

 高橋少佐は、その乗員たちに総員退船を命じてフネを捨てさせ、同じく取り残されたもう一隻の輸送船〈なこまる〉に移乗させるという断をくだした。

 敵味方の戦力比が三対一と不利な上、自らの手足を縛るハンデ付き。

 勝利ではなく生き残りのため、打てる手はすべて打つ必要があった。

 そうしてでさえ、一〇〇%助かる保証はないから安心などできない。

 他にがあるかも知れない。が、どうしてもそれに気づけなかった。

 だから自分が最善手と信じた策――出来ることをやるしかなかった。

 武装もなにも無い救命艇で、暴力と死で満たされた虚無を渡れと民間人にめいれいしたのだ。

 助かる途は他に無い。

 今なら安全。

 絶対まもる――そう言って。

 空約束だ。

 誰よりも、その事を高橋少佐自身がわかっていた。

 だから、

 移乗先たる〈なこまる〉から、収容完了の報せがくるまでずっと気をんでいた。

 護衛しやすいよう、輸送船両船の位置を同一平面上、かつ互いの距離を詰めさせてもいたから、移乗は不可能事ではないはず――そう思いながら心が揺れるのを抑えていた。

 敵の動向を見逃さないよう気を張って、こちらの戦闘準備を万全にしておく――そうしながらも、遙かな高処を綱渡りさせるのにも似た境遇に追いやった〈あうろら〉乗員たちのことが頭を離れない。

〈なこまる〉から連絡がきて、それで、ようやく少し安堵し、そして、他に方策を思いつけなかった自分の無能を嫌悪していたのだった。

 とまれ、

 冒険的、と言うよりいっそ、無謀としか思えない戦場での非武装船移動――それを高橋少佐が思いついたのは、〈あうろら〉が不良コンテナをパージしたとの報告と、それに触発されて戦標船の語が脳裡のうりに閃いたからだった。

『戦標船』

 戦時標準輸送船をつづめたその語は、艦政本部が策定した輸送船急速建造計画にもとづき建造された(或いは、される)輸送船を指すものだ。

 戦時に急増するであろう物資の流通量に対し、輸送能力の拡充と向上を目指し、また、そうして獲得した能力の安定運用を企図して立案された計画内の一つである。

 艦政本部の構想は多岐にわたり、大は港湾設備、輸送船から、小は貨物のコンテナ、固縛装置にいたるまで、すべからく統一運用を可能となすことが目的とされていた。

 要するに『輸送』に関する何もかにもを規格化、標準化してしまい、軍も官も民もないシステムにまとめあげておく。

 そして、一朝ことあらば、『へいたん』――それで一元管理できるような物流システムの構築が目論まれていたのだ。

 理想的な物流システム――そう考えられていた。

 しかし、

 当然、と言うか運用実績はかんばしくなく、特に民間の評価はさんざんだった。

 歴史的と言ってかまわない時間経過によって定着している現行の輸送システムを唐突に変えろと指示されれば現場が混乱するのも無理はない。

 更には、何より軍官僚が主導し、策定した計画のこととて、やたら使いにくいときてはどうしようもなかった。

 実作業の査察よりも会議での討論を重視すればそうもなろうと、つまりはそういう事だ。

(だが、今回は、その計画に助けられた)

 高橋少佐は思う。

〈あうろら〉、そして〈なこまる〉――所属企業も違えば船形も異なる二隻の輸送船。

 しかし、それ故、貨物コンテナ、救命艇といった外部機器、そして母船側の固縛装置が構造的に異なっている――規格に準拠したものとなっていなければ、自分たちを含め、この場に残留している者たちすべてが助かる目はなかった、それに違いないからだ。

 再度の遷移に困難をきたし、解決のもたたないフネの放棄はまだ仕方ない。

 しかし、もちろん、その乗員たちを見捨てることなど出来ない。

 兵隊でもない身を『祖国のため』に戦場へ送りこんでいるのだ。

 何が何でも死なせない――無事に祖国へ帰さねばならなかった。

『護衛』艦隊の名にかけて、是が非でも意地を見せねばならない。

 幸い、フネの運行は自動化が進み、乗員数は少なくなっている。

 移乗先に収容余力が(一時的にでも)あれば、この場はしのげる。

 戦場の真っ只中でフネからフネへ移乗をおこなうという非常識。

 その暴挙をさえクリア出来れば、まだしも希望を持ち得るのだ。

 内心でびながらも、高橋少佐はめいれいする事を躊躇ためらわなかった。

「さて――」と独りごちる。

 自艦の航跡を確認した。

 正面から見て『∞』を描く警戒軌道。

『∞』の中心となるのは、当然、〈なこまる〉、そして〈あうろら〉だ。

 二隻の輸送船は、もちろん主機からの噴射を全力でおこなっている。

 主機の推進効率に勝る〈くろはえ〉は、低温噴射にて速度を同調。

 二隻の輸送船、そして、〈くろはえ〉の機動、および噴射によって、後方に(ある程度の)煙幕領域の構築を期待してのことだった。

 輸送船の乗員たちは、まるで自分めがけて噴射炎を吹き付けられているようで、気が気でないだろうが、絶対に自艦の噴射炎を後続船に当てないよう、主機の噴射と消火を繰り返す、〈くろはえ〉機関長、航法長のプレッシャーも相当レベルではある。

「さて――」

 高橋少佐は繰り返す。

 攻撃時期タイミングの調整を終えたら、まずは後方の空母が艦載機の射出をはじめる筈。その後に前方の駆逐艦二隻が突撃してくるだろう。

 駆逐艦については場くらいの飽和攻撃はもうおこなえまい。

 射耗まではしてないだろうが、同様に、を撃つ余裕もないはずだ。

 の戦いに備え、可能な限り温存しておこうとも考えるにちがいない。

「これで出来ることは全部をやった。あとは自分の運を信じるだけ、か」

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