21.Last Minute―1
「本艦前方の敵艦群、赤外反応に変化。軌道修正を完了した模様。艦位、本艦進路の対向軸線上にアリ!」
船務長が緊張しきった硬い声で告げる。
「了解。後方空母の動静はどうか?」
「敵空母は、なおも針路変更を継続しアリ。現状に変化なくば、あと三時間程でこちらの針路軸線に占位するものと予測します」
「了解」
ふたたび言うと、高橋少佐は通信端末のカフをいじった。
「発射管室、宮園中尉。こちらは艦長」
「艦長。こちら発射管室、宮園中尉です」
これまでと同じく、打てば響く感じで
「準備は?」
「いつでもいけます」
続く問答もかわす言葉は最小限。
互いの意思の疎通はそれで十分。
つくづく優秀な部下に恵まれた。
「たいへん結構。よくやってくれた」
一言、ねぎらい、会話を終える。
戦術ディスプレイに目をやった。
船務長の報告通りの光景が、そこにはあった。
船団残余――遷移しそこね、取り残された二隻の輸送船と、それを守護する自艦。そして、その三隻を前後から挟み撃ちにしつつある敵艦が三隻。
(駆逐艦二隻に空母が一隻、か。
そうは思いながらも、高橋少佐の唇は、演技ばかりではない笑みでわずかに持ち上げられている。
前方からこちらに向けて突っ込んでこようとしている敵駆逐艦二隻。そして、後方から追撃するべく転舵途中の空母一隻。
そのタイミングのズレが、敵側の攻撃スケジュールの狂いを証していたからだ。
本来、後方から追撃をしかけている空母が先に攻撃機を発艦させて攻撃の口火を切らなければならない筈――その段取りが狂っている。
(旗艦がいないとこんなものよね)
そう思う。
こちらの輸送船団が過早遷移をおこない、その大半がここより去ったと判明した時点で敵もまた、旗艦たる指揮統制艦をふくめ戦力の過半をあげて追撃にうつった。
敵襲撃艦隊の指揮官は、おそらく迷ったはずだ。
すぐに後を追うか、それとも後に取り残された敵を掃滅してからいくか。
輸送船団の最終的な目的地がわかっている――その事が、多分は追撃を即座に決めた理由だろう。
あてどなく後を追うのではない。狩るべき獲物の伏在空間はある程度まで絞り込める。
しかし、再度の攻撃を可能とするには時間が重要。追撃にモタつけばモタつく程、安全圏に逃げ込む余裕を与えてしまう。
そう判断したから即座に転舵した。
あえて
〈USSR〉宇宙軍にとっては新規の艦種であり運用。
有用か否かは、実際に使ってみなければわからない。
しかし、現場の将兵――大倭皇国連邦宇宙軍の空母機動部隊の脅威に直で晒されている人間たちからすれば、それは不可欠な戦力の筈なのだ。
戦略、戦術を考える
さすがに分派せざるを得なかった残敵掃討部隊に、その空母がふくまれてしまったのはお
(ま、しょせんは想像。
そこまで考え、高橋少佐は肩をすくめた。
ブルッと小さく
緊張がずっと続いているせいか、精神状態が一種、ハイになっているのかも知れない。
脳が全力回転してくれる分には良いが、どうも思考が
注意しなければ――そう自戒して、
とろみのついた
甘ったるい――反射的に、すこし顔をしかめそうになった時、
「艦長」
船務長がふたたび呼びかけてきた。
先の報告とは異なり、声の調子にはどこか安堵の色があった。
「〈なこまる〉より通信。『〈あうろら〉救命艇収容完了。〈あうろら〉全乗員の収容を確認』――以上です」
「了解」
高橋少佐の唇の角度が、(わずかではあるが)より鋭角になった。
「航法長!」
声をはりあげる。
「次回、
現在、〈くろはえ〉が継続中の機動――艦正面から見てその軌跡が『之』の字型(と言うよりは『∞』型)を描く警戒機動に一部変更をくわえた。
「了解。次回、之の字反転タイミングより低温噴射実行を開始。本艦噴射後流の後続艦への影響に注意します」
船務長の復唱を耳にしながら、次の指示をだす。
「砲雷長、雷撃戦用意。彗雷射出タイミングは追って指示。彗雷改造点、運用変更点について副長と打ち合わせておくように」
言い終えると、指示伝達モードを全艦通達へ切り替えた。
「総員に告ぐ。総員に告ぐ。こちらは艦長。本艦はこれより先行せしめた本隊を追い、遷移を実行。もって、当戦域を離脱する。途中、敵艦の妨害が予測されるが、これが最後。全力で任務にあたってほしい。以上!」
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