19.H-Hour

「裏宇宙への遷移、船団全船、最終カウントダウンに入ります!」

 船務長が叫ぶような調子で告知した。

「了解」

 高橋少佐は応じつつ、祈る思いで自船団の状態ステータスを現す所属船舶配置図をじっと見る。

 当初の予定よりも早い遷移――一応、事前設定がなされていると言っても、本来のそれとは異なる航路に進むのだ。

 フネの性能が違えば、乗員の練度も異なる、積載貨物の種類もバラバラの輸送船団各船は、ただでさえ『船団』として一つにまとまることに苦労していた。

 そこにもってきて、足並みを揃えようとする努力を更に阻害する要素が加えられるのである。

 船団が、無事、遷移できたなら良し――問題は無いが、そうでなければ、落ちこぼれ、安全な場所に逃げ損ねた落伍者の面倒を〈くろはえ〉はみなければならない。

 取り残された輸送船の乗員たちはパニックにおちいっているかも知れないし、何より、『敵』からすれば、仕留めるべき獲物――狙える的が減ったことになる。

 当然、集中攻撃をうけることになるから、落伍した輸送船はもとより、自分たちの生存確率もいちじるしく低いものとなるのは避けられない。

 高橋少佐が遷移の成功を祈念するのは当然だった。


「重力震複数を確認。船団各船は裏宇宙に遷移。遷移総数は現在確認中」

 秒時を減らし続けたカウントがついに『ゼロ』を告げ、暫時ざんじの後、船務長がセンサーの告知を見ながら、そう言った。

 全力を振り絞れば光速に比しても無視できないくらいの速度を発揮することも可能で、後ろには超高温、超高速の噴射炎の尾をく航宙船。

 必然的に船舶相互の間隔はひろいものとならざるを得ず、付け加えて言うなら遷移――特に裏宇宙から常空間へ復帰してくるジャンプアウトは、その出現座標を『』と一つの点に絞りきれない。確率的にこのあたりだろうといった『領域エリア』でしか出現座標を想定できないため、複数の航宙船が同時に遷移をおこなう場合、その分の安全マージンを考慮しておくことは絶対必要だった。

 つまり、常空間をただ船団を組んで航行している時よりも、これから遷移しようという場合は、事前に船舶間の距離を更にひろく間遠に取らなければならない。

 当然、レーダーで船団全域――所属船舶が存在しているエリアを一目瞭然なかたちで網羅するのは難しい。と言うより、いっそ不可能だ。

 船団所属の船舶が散在している空間はそれ程にひろく、また、ぼうばくたる虚空に浮かぶ航宙船はちりのように矮小わいしょうで、かつ、敵に察知される危険をおさえるために観測手段も制限されるとあっては仕方がない。

 乱打されるのように、ひっきりなしに打ちかかってくる重力波のふくそうし、さくそうする波紋を解きほぐし、分類し、しながら遷移の詳細をひろっていくしかないのだ。

 落ち穂拾い、と言うか、殿しんがりをまかされた身としては、面倒なこと極まりないが、悪いことには、この大規模遷移にともなう重力震は、相対している敵も当然、認知するところとなる。

 大倭皇国連邦と〈USSR〉――現在の戦況からして、船団が目指す星系については把握済の筈だから、そこに向けての最適航路、また、遷移のタイミングも向こうは計算している筈だ。

 その虚を衝くようにしての(明後日の方向にむけての)今回の遷移。

 尻尾を巻くなら巻くで、そのためのチャンスはいくらでもあった筈。

 今の今まで、さんざん粘ってきたのは、一体なんのためだったのか!?

 一杯喰わされた!――焦った敵は、であれば猛然と突撃にうつる筈。

 それまでに落伍したフネの有る無し、あれば座標の確認と進路変更。

 直奄となる最後の護衛戦闘の準備を完了させていなければならない。

〈くろはえ〉に残された時間は、僅少きんしょうと言ってよい程わずかであった。

 やがて、

「遷移未完了船を確認! 隻数は二! 繰り返す。遷移未完了船を確認! 隻数は二!――以上!」

 目の玉が飛び出すようにしてディスプレイを凝視していた船務長が叫ぶ。

「了解。引き続き、該当船舶の座標割り出し急げ」

 内心で吐息し、高橋少佐は追加の指示を出す。

 言わずもがななことではある。

 しかし、多分にそうなるだろうと思っていた自分でさえも落胆したのだ。

 万が一にも、部下たちが放心し、対応に遅滞をきたすようなことがあってはならなかった。

「旗艦より通信!」

 そうした指示にかぶさるように、航法長が報告の声を重ねてきたのはその時だ。

 殿軍に〈くろはえ〉を指名したものの、やはり旗艦として、船団全船の遷移の結果を見極めるべく、いまだ遷移をおこなわず、この場に留まっていたものらしい。

「……何と言ってきた?」

 旗艦の、旗艦たるべき責任感の発露をいちおう評価はしたものの、高橋少佐の胸にはわだかまりがある。

 何を今さら? このク○忙しい時に?――内心、イラッときたのは、神ならぬ身として仕方なかろう。

 感情の揺れを部下にはぶつけないよう留意しながら問い返した。

「通信前半部はデータ告知。遷移未完了船の船名、および座標、現針路です。通信後半部、メッセージ、読み上げます」

「うん」

「発:船団司令部。宛:〈くろはえNo.8〉」

 船務長は声をはりあげた。

「本文:船団全船の遷移結果を本艦にて確認。遷移未完了船は二隻。詳細は同送せるデータを参照せよ。敵前方艦隊は、現在、襲撃隊形を編成中と認む。後方、空母については未詳。本艦を含め、護衛戦隊所属各艦は、進路前方にむけ機雷射出を実行。敵艦航行制限帯構築を企図す。貴艦の武運を祈る――以上です」

 ばんやむを得ないとは言え、部下を敵中に置き去りにする――『死んでこい』と命令したのだ。せめてもの事、できることはやっておこうという事であるのに違いない。

 じっさい、現在追求中の落伍艦のデータは有り難かったし、効果の程はわからなくとも敵を足止めしようとしてくれた配慮もありがたい。

 高橋少佐はふんと鼻を鳴らすと船務長に言った。

「旗艦に返信」

「発:〈くろはえNo.8〉。宛:船団司令部。

「本文:助力に感謝す。されど、これよりは、本艦のみの花道なれば、心配は無用。貴艦におかれましては、後顧におよばず、羊飼いの長たるの責をまっとうされたし――以上だ」

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