17.Human Factor-2
「航法長」
高橋少佐は部下に声をかけた。
念のため、ちらと戦術ディスプレイに目を向ける。
いま現在、船団がこうむっている空襲状況についてを実況している画面である。
(経過予測からの過大なズレはない、か……)
心中でうなずく。
敵艦爆群の
被害は皆無でこそないものの、予測されていた範囲をこえてはいない。早急に次の一手に取りかからなければ。
高橋少佐は言葉をつづけた。
「航法長に操艦権限をもどす。私の我が
「い、イエス・マム!」
弾かれたように答をかえす航法長に、にやりと笑いかけると、
「では、さっそくだが本艦一八〇度旋回頭。船団後方の敵軽空母に向けて飛翔体の射出を実行するから、艦軸線をブレさせないよう留意すること。
「副長――聞いているか?」
念押しするように指示をあたえて、ついで副長に呼びかけた。
航法長に話しかけながら、艦内通話の呼び出しカフを操作していたのだ。航法長に対する指示を副長にも聞かせて指示をあたえる時間を短縮するためである。
「こちら発射管室、宮園中尉です。艦長、何でしょうか?」
即座に副長からの返事がかえってくる。
「うん。後方の敵空母にむけ、プローブを射出してほしい。彗雷射出に影響なく発射可能なのは何基になる?」
「二基です」
「遷移ユニット取り付けに要する時間は?」
「……一〇分ください」
「五分だ」
「了解しました」
「よろしい。では、プローブ二基を本艦旋回頭完了の後、ただちに射出。遷移の諸元は先の彗雷と同じ要領で。いずれ
「了解しました」
副長との回線を切ると、高橋少佐は声をはりあげた。
「これより本艦は、一八〇度旋回頭をおこなう! 総員、加速度変化にそなえよ!」
警報を全艦に響かせ、船団進路の後方へ、艦を旋転させると通達したのだった。
(『前門の虎、後門の狼』――状況は、まさしく、そうだけれど、取り敢えず『虎』については何とかなった)
艦旋転にともなうGの変化を全身に感じながら、高橋少佐はそう考えている。
視線は、ふたたび戦術ディスプレイに向けられていた。
ディスプレイの中には、先に見た時とくらべ、ハッキリと位置の変わった敵艦群を示す輝点が複数。ひとつの輝点――おそらくは旗艦であり指揮統制艦でもあろう〈クリーブランド〉改級軽巡めざして集まりつつある輝点が複数あった。
敵の駆逐艦群――こちらに襲いかかるべく準備をととのえていた直前で、それに待ったをかけられた虎どもだ。
重力震――彗雷攻撃を探知し、慌てて防御陣を組もうとしている途中であるに違いない。
(向こうの
高橋少佐は考える。
(であれば、当然、迫る彗雷爆散弾片群からHVUを護るためには、フネ同士の間隔を詰め、可能な限りバリアーの展張範囲を重ね合わせて、水も漏らさぬようにするしかない。緊密な防御陣を組むしかない事となるが、それによって、本来、発揮されるはずの機動力は
敵が、こちらに
(あとは、こちらの後ろに回り込んだ敵の空母だが……)
さて、これから放つプローブの遷移――重力震にどう反応するだろうか、と思考をすすめた。
前方の敵主隊と同様、驚くことは間違いない。
周囲に自分をまもってくれる味方はなく、しかも、主武装である艦載機群はすべて出払っている。
いや、それどころか、もしも彗雷(と思しき敵性飛翔体)の爆散断片群と自艦の軌道が交叉する
回避もロクにままならないなか、彗雷爆散断片群の、その一かけなりと命中したなら、艦が爆沈してしまいかねないからだ。
相手が非力な輸送船団と見くびり、やりかえされる可能性を考慮しなかった、いわば自業自得の結果だが、いずれにしても、旗艦たる指揮統制艦よりも悪い環境に自分がおかれていることを悟って色をなくすに違いなかった。
いっそ、恐慌をきたして再遷移したり、大角度で転針をおこない
高橋少佐は息をつく。
いずれにしたところで、主敵は船団前方の駆逐艦群。
その包囲を突破し、なんとか遷移にもちこまなければ船団に生き残る目はない。
〈くろはえ〉が旋回頭を完了し、プローブが射出される、その経過状況を目で追いながら、高橋少佐は、ふたたび艦位を反転し、
「船団旗艦より通信!」
船務長が、そう叫んだのはその時である。
「うん」
こんな時に何だ?――そんな風に思いをめぐらすこともなく、ほとんど反射的に、高橋少佐は頷きをかえす。
「発:船団司令部。宛:船団全船」
船務長が声を張り上げる。
「本文:船団全船は、本通達受信後、ただちに遷移実行の準備に入れ。遷移の航路設定は、第三八次遷移D項を参照のこと。詳細は、船団旗艦より追って指示。遷移予定時刻は、これより四時間後――以上」
「は……?」
船務長が、旗艦からの通信文の内容を伝え終えると、思わず、高橋少佐は素で驚きの声をあげていた。
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