15.Spoofing Attack

「四番射出、つづいて五番射出……!」

 砲雷長が火器管制装置の状況表示盤に目を向けながら、そう言った。

 言葉の都度都度、〈くろはえ〉艦内の照明が、息をつくように明度を明るく暗く変化させる。

 彗雷射出をおこなうリニアカタパルトが要求してくる大電力に、一時的にだがジェネレーター側の供給が追いつかなくなるためだ。

「六番射出――本艦彗雷の全管射出完了を確認」

「追跡レーダーは、全彗雷の飛翔正常を確認」

 砲雷長が彗雷射出完了を告げると、その後を船務長が引き継いで言う。

「よろしい」

 高橋少佐は頷いた。

 ひとまず、事の半分は済んだ――そう思っていた。

 これまでもそうだったが、とりわけ今は、極限まで脳を全力回転させなければならない状態が続いている。

 まだ、安堵するような時ではないと自戒しながら、肩の荷が下りた気分になる自分をおさえられなかった。

 航法長からの情報に目を通しながら、敵の指揮統制艦を雷撃するという目標と味方船舶の防護という二つを共に成り立たせるため、二手先、三手先どころではない、もっと先の先まで敵の動静を予測し、それに彗雷射出のタイミングを重ね合わせるべく機をうかがいつづけたのだ。

 一人二役どころではない。

 方針決定、操艦、火器管制と、艦長、航法長、砲雷長の三役をいちどきにこなしていた勘定である。

 そんな無理が長きにわたって続けられよう筈がなかった。

 努力と忍耐は功を奏して、なんとか彗雷を全門射出するにこぎ着けたものの、ほとんど艦戦――一人乗りのめいて自艦を運用するというのは、いかな優秀な艦船指揮官ふなのりであっても正直、能力の限界を超えている。

 負担のあまり神経が灼き切れそうで、緊張のあまり、今にもどうにかなりそうだった。

「総員、咄嗟加速注意!」

 艦内を加速警報のおどろおどろしい響きでどよもしながら、高橋少佐は、ふたたび対空戦闘に復帰すべく、〈くろはえ〉を新たな針路にのせた。


〈かみかぜ〉型駆逐艦シリーズの一艦として建造された〈くろはえ〉は、ふるいフネである。

 従って、その個艦情報は、かなりな部分までもがに把握されていると考えて間違いない。

 いま相対している敵は、具体的なこちらの艦名――このフネが〈くろはえ〉である事を掴んでいるのに違いないのだ。

(そこが付け目になる)

 高橋少佐は、そう考えていた。

 元をただせば艦隊型駆逐艦として行動していた〈くろはえ〉だ。

 であるならば、、その装備する武装は艦隊型駆逐艦と同一のもの――敵側としては、そう考えるだろう。

 現在の配備先が護衛艦隊であることから、或いはそれに疑いを抱く者もいるかもしれないが、実際に確かめようがなければ、そう考えざるを得ない。

 つまり、

 大倭皇国連邦宇宙軍が必殺兵器と誇り、敵が恐れる九三式散狙彗雷――超長射程かつ大威力の対艦誘導弾の存在が引っ掛かってくる筈なのだ。

〈くろはえ〉が、その散狙彗雷を搭載している明確な否定情報を有しなければ、敵としては、それを『持っている』――そう考えざるを得ない筈だからである。

 持っていることを前提に動かざるを得ないのだ。

 それが〈くろはえ〉の持つ数少ないアドバンテージ――現状打開の一策として利用しうる武器だと高橋少佐は考えていたのだった。

 散狙彗雷の正式名称は、布界制御型撃彗雷。

 光の速さを超える手段として裏宇宙航法をもちいる大倭皇国連邦宇宙軍にのみ所持、また運用可能な超光速彗雷である。

 弾頭部には固体反水素が充填じゅうてんされ、命中すれば戦艦さえもをほふりうる。

 そんな必殺兵器を〈かみかぜ〉型駆逐艦は、同時に六射線射出可能なリニアカタパルトを備えていて、それは〈くろはえ〉においても変わらなかった。

 その〈くろはえ〉が、自分たちに向かって彗雷を全門はなってきたのである。

 最短駛走距離で遷移するよう設定したから、それらは射出後すぐにからに跳躍し、その際、みずからの正体を明かす重力震を四方八方へと撒き散らすだろう。

 もちろん、逆に、裏宇宙から常空間へ舞い戻ってきた時にも同様に。

 それを敵がどう判断するかだった。

 重力震の震源を即座かつ精確に割り出すことは困難である。

 くわえて相手は猛速で突っ込んでくる彗雷だ。

 戦艦、重巡であってももちろん、たかだか軽巡、駆逐艦程度の薄い防備しかもたない艦種では、その爆散弾片群をまともに喰うことなど悪夢以外のなにものでもない。

 防げないのならばかわすしかない――必ずや、そう判断する筈だった。

 実際にはろくな測的も出来ず、メ○ラ撃ちに等しい攻撃なのだが、彗雷攻撃を察知し、その対応に寸秒をあらそって余裕のもてない短い時間で、そこまでを見抜くことなど出来はすまい。

 故意にムダ弾丸を撃つ。

 合理的に考えた場合、その可能性を思いつけよう筈がないからだ。

(射角〇-〇-〇と言った時点で宮園中尉は気がついたみたいだけどね)

 高橋少佐は、ふふっとう。

 自艦の軸線上に、ただただ真っ直ぐ彗雷を放つ――可能なかぎり、的と狙った獲物へ向けて。

 与えられた限られた文脈のなかから、ただそれだけで宮園中尉は、高橋少佐の意図を見抜いてみせた。

 前方に待ち構える敵駆逐艦群、そして、背後から再度の攻撃をかけるべく追いすがってくる敵空母、および敵艦爆群。

 挟撃状態に陥りつつある自船団の窮状を打開すべく、まずは敵の指揮統制艦――SCレーダーを搭載している戦場のコンダクターを高橋少佐は排除しようとしているのだと。

 艦隊HVUたる指揮統制艦が攻撃をうけたとあっては、敵は当然、それに即した対応行動をとらざるを得ないし、そうして引き起こされた混乱は、態勢を建て直し、攻撃可能な状態にまで回帰するのに相応の時間を要求するだろう。

 概略位置を掴んでいても、旗艦――指揮統制艦からの情報がなければ、麾下の駆逐艦群のみでは、効率的な狩りはおこなえない。

 ましてや敵が、船団後方にまわりこんだ空母との連携を目論んでいるなら、攻撃タイミングを合致させることは重要で、だから、そうして浪費される時間は宝石よりも貴重なものの筈なのだ。

『盤面を引っ繰り返してやりましょう』

 ほんの短い会話のうちに、宮園中尉は、そこまで察し、そう言ったのである。

 高橋少佐が、驚きの念と一緒に頼もしさをおぼえ、笑みをうかべるのは当然だった。


「全彗雷のテレメトリは正常値にアリ。全彗雷は、間もなく遷移」

 船団防御戦闘に手一杯の砲雷長になりかわり、船務長が言った。

 そして、

「重力震を確認――今! 全彗雷、遷移にはいりました!」

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