14.Flip-flop
(マズいわね)
戦術ディスプレイを睨みながら、高橋少佐は唇を噛んだ。
今回、敵が実質的に開戦以来はじめてと言える空母――新型艦爆を投入してきたこと。
その空母に想定外の機動をとられ、現在、自船団が挟み撃ち状態におかれていること。
従来の――定石とされている戦法に、あらたな要素が加味され、追い詰められている。
なにより、
(
船団護衛が任務の護衛艦隊。
当初から、その攻守など定められている戦いではあるが、さすがにこの状況は許容限度をこえている。
現状のまま、ただ手をこまねいているだけの無策でいれば、次に待ち受けているのは前方からの駆逐艦群、後方からの艦爆群による完全なかたちでの挟撃である。
そうなってしまえば船団は、ひとたまりもなく
それだけは絶対に避けなければならなかった。
でも、どうやって……?
「船務長」
高橋少佐は部下に声を掛けた。
「敵艦爆群と本船団の軌道交叉が終了するまでの予測時間は?――概算でかまわない」
「は、は……ッ」
唐突に指示を振られて船務長はとまどう。
「……三時間±四〇分、だと思います」
懸命に
「よろしい」
高橋少佐は責めない。
上官の下問に対して、『だと思います』などと、ともすれば不得要領ともとられかねない答を叱責しない。
あくまで参考程度としての情報が欲しかっただけだからであり、戦慣れしてない部下をいたずらに萎縮させる愚を避けたかったからでもある。
すこし、考えて通信端末のカフをいじる。
「発射管室、宮園中尉。こちらは艦長」
そうしながらも、もう幾度目になるかもわからない転舵をこなし、
航法長からひっきりなしに送られてくる敵艦爆群の進路、また、標的とされるであろう船舶の予測、それから、邀撃を実行した場合の自艦転舵による船団所属船舶への主機噴射後流の影響評価に目をはしらせながら、現状打開の一手をかたちにするべく行動を開始した。
「艦長。こちら発射管室、宮園中尉です」
ほぼ間を置かず、副長から応答がかえってくる。
若さ、だろうか――いまだ声に疲れはなく、ハキハキとした口調を維持している。
声の調子がそうであるように、行動の方も、きっと機敏であり続けているに違いない。
「すまない、副長。せっかくの準備が一部ムダになる。――彗雷発射即時待機だ」
ふ、と
「予調尺ナシ。射角〇-〇-〇。最短
「そ……」
ほんの一瞬、『それは――』と言いかけたのだろうか。
しかし、それを口にすることなく宮園中尉は、「了解しました」と返答してきた。
そして、
「盤面を引っ繰り返してやりましょう」
にやり、と笑みをうかべた顔が想像できる言葉遣いで、そう付け足してくる。
「ウン。面倒をかけるが、よろしく頼む」
相手が自分の意図を瞬時に、そして、完全に理解したとわかって、高橋少佐の声がやわらかくなる。
やはり、この
射角〇-〇-〇。
つまりは自艦の真っ正面に向け、最短駛走距離――リニアカタパルトでもって射出した彗雷が、母艦に被害をおよぼさないギリギリの距離下限に達した時点で遷移させる。
高橋少佐の命令は、つまりはそういう事だった。
宮園中尉が、発射管室にずっと
もとより彗雷は、標的に命中させるに艦砲のような精密測的が必須のものではないが、それでも、ただ
それではメ○ラ撃ちと変わらない。
数をうったところで、敵に命中する道理がないのだ。
高橋少佐は、宮園中尉が、せっかく(ある程度)使えるようにした彗雷をその労力ごと放棄し、無駄にせよと命じているのだった。
しかも、その為の作業を不時不規則に為される高G加速――慣性中和装置のおかげで乗員の身命に重篤な障害が生じる危険まではないものの、それでもミキサーの中に放り込まれてあるのと大差ない環境下で至急おこなえと要求しているのだ。
反抗、不服従とまではいかなくとも、宮園中尉が疑念をしめしたところで、それをとやかく言う人間は多分いなかったろう。
高橋少佐自身にしてからが、宮園中尉から質問がくるものと予想していた。
が、
『盤面を引っ繰り返してやりましょう』
宮園中尉は、そう言った。
高橋少佐が、彼女のことを改めて見直した――更にたかく評価するに至った由縁である。
高橋少佐は、〈くろはえ〉の彗雷を全門射出し、船団前方にひかえる敵の軽巡――おそらくは艦隊旗艦であろう指揮統制艦を排除しようと考えていたのだった。
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