8.Hard Rain
「〈だいさん・しょうふくまる〉被雷! ご、轟沈しましたッ!」
船団状況をうつすディスプレイの中で、一瞬、つよく瞬いた後消えた光点を見つめて船務長が叫んだ。どこか悲鳴のようでもある。
敵の爆雷――正確には爆散した弾頭の弾片が、番傘艦がめぐらす広域バリアーを突破し輸送船に命中、これを撃破したのだ。
「くそぉッ」
「ああ、神様……」
「なんてこと……!」
「ボロ傘めッ」
呻き声や罵声が錯綜するなか、高橋少佐は表情を消し、戦術ディスプレイを凝視しつづけている。
画面内には
(まるで雨のようだ)
高橋少佐は思った。
死の土砂降り。
かたちはバラバラ、サイズもバラバラ。共通しているのは、それらがただ触れるだけで対消滅反応――等量の常物質を一〇〇パーセントの効率でもってエネルギーへと変える大破壊をひきおこす反物質であるということ。
その反物質の
番傘艦が展張するバリアーは、カバーする面積こそ広大であるが、それ故に
自艦防御専用に設定された艦隊駆逐艦のそれに較べ、護衛対象をその被覆エリアにおさめようと範囲をひろくとっているため、そうなってしまう。
だから、敵が投射した爆雷群が、バリアー展張界面で爆散――弾頭におさめられていた固体反水素の弾片を猛速で
結果、速度のいや増した弾片群が、恐怖と破壊と死とをもたらす豪雨となって、天傘艦に続航している輸送船団各船にふりそそぐことになってしまうのだ。
「くそッくそッくそッくそッ……!」
砲雷長の怒声が艦橋内に
〈くろはえ〉に備わるすべての高角度可動砲――高角砲を操作し、迎撃しているのに、襲来してくる弾片の嵐を防ぎきることができない。
どうしても撃ち漏らしが生じて
それが味方に被害をおよぼすかも、と思って焦っているのだ。
護衛駆逐艦にせよ艦隊駆逐艦にせよ、もとより単艦でそこまでの迎撃能力は与えられていないのだから、にもかかわらず一〇〇パーセントの迎撃を望むのはムリがある。
そもそも射程にはいっていない弾片もあるし、うまく射角を得られず狙いが定まらない弾片もある。
あるいは一等巡洋艦(重巡)以上の大型艦と異なって、複数の科員が攻撃兵装を担任するのではなく、砲雷長が自艦の武装を集中制御している駆逐艦等小型艦に特有の弊害と言うべきかも知れない。
能率が向上するのと反対に、一人にかかる
「航法長、転舵、三―六―四。主機強速。通常噴射、三〇秒。噴射後流、後続船におよぼす影響に注意せよ」
高橋少佐が命じた。
フネの進行方向を若干かえて増速――射界をひろげ、今よりも更に前方に進出して弾片群の阻止をこころみるべく発した命令だった。
目の前のこと、自分に与えられた役割を果たすのが精一杯で、連携もとれず、灼き切れそうになっている部下たちの目先をかえて、たとえ一時であれ緊張状態から解放しようという狙いもある。
戦闘はまだ始まったばかり。
この段階で燃え尽きられては
艦が行き足を変える。
また輸送船が一隻喰われた。
右往左往して逃げ惑う無力な輸送船群、弾幕射撃をおこない、弾片の嵐を防ぐべく駆けずりまわる護衛艦群――混乱に支配された輸送船団の様子を見ながら、高橋少佐は敵の動きにも目をむけている。
『次』はどういう手をうってくるか。
守備側として、後手にまわらざるを得ないのは仕方なくとも、敵の攻め手に即座に対応できるよう準備をととのえておかなければ被害をおさえようもなくなってしまう。
護衛艦群のなかで、(限定的にであれ)自在に動くことが許されているのが自艦だけとあっては
まだ生き残っている先行プローブから送られてきた観測データや、自艦のセンサー情報からすると、敵艦隊は、爆雷を投射した駆逐艦群は軌道をかえて散開しつつあるようだった。
後続している軽空母に道をゆずって、今度はそれの護衛にあたる風である。
その更に後方にひかえる襲撃本隊だろう駆逐艦群の動きには、まだ特段の変化は見られない。
つまりは第二撃にかかる直前なのだと推察された。
あと一〇分かそこらで爆雷弾片群は船団内部を通過してしまう。
それにあわせて今度は軽空母が艦載機群を発艦させてくるのではないか。
せめてもの救いは、船団内部、あるいは近傍空域で、他ならぬ敵がはなった爆雷の爆発――その熱量により、敵の観測行為も妨害されるに違いない一事であろうか。
小型の宇宙機である故に、艦載機に搭載されているセンサー類は、そこまで分解能の高いものではない。
発艦前の段階で、母艦がある程度であれ敵情をつかんでおかなければ、艦載機を発艦させても、最悪、狙うべき獲物のいない遊兵をつくってしまうことになる。
(こちらが陣容を立て直すのと、視界がクリアになるののどちらが早いかということね)
何隻かの輸送船を喪いながらも、まだ、かろうじて形をたもったままでいる船団の様子を確認しながら、高橋少佐は考えている。
しかし、
「
船務長のあらたな報告に、さしもの高橋少佐も自分の予想の甘さを思い知らされ、愕然とせざるを得なかったのだった。
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