第5話 休日

『昨日はごめんね、エーデルくん』


 翌朝。端末にロディからの連絡が来た。エーデルは目を丸くしつつ、寝ぼけている頭を何とか叩き起こして電話に出る。そうして開口一番、彼はそう言った。


「いえ、もう大丈夫ですから」

『無理しなくていいよ。彼の言葉には君に対する配慮は全くなかったし、そもそも契約違反だ。何ならあの時、君が彼の頬を平手打ちしたってきっと誰も文句は言わないさ』


 けらけらと笑いながら物騒なことを発言するロディ。エーデルは数秒ほど考えてから、口を開いた。


「そう、かもしれないですね」

『おや、君がそういう冗句ジョークを言うなんて珍しい。どういう風の吹き回しかな。機嫌が良いの?』


 良いことだ、とロディは楽し気にそう言う。エーデルからしてみればいつもと変わらぬ機嫌なので、ロディの言葉の意味にいまいちピンと来ずに、電話越しに首を傾げていた。


『……気になっていることだと思うから言うけど、引き抜きの件は断る方針で行くよ。彼に君の研究のことを話しても聞かなさそうだけど、何とか交渉決裂にまで運ぶつもりさ』

「それは……」

『そもそもカルヴィン氏と合わなさそうだし。それに第一、君はアンドロイドをモノ扱いできないだろう?』


 その言葉に、エーデルは思わず声を詰まらせた。


『うん、だよね。……あの人達にとって、アンドロイドは商売道具だ。一回や二回くらいなら君も耐えられるだろうけど、それを仕事として働くなら、君にとってキツイだろうからね』

「……ありがとう、ございます」

『いいさいいさ。こういう時のための定期カウンセリングだよ?』


 エーデルはどう言葉を重ねればよいか分からず、口をもごもごと動かす。それから「すみません」と小さな声でそう言った。


『ううん…謝らなくていいんだけど。……あー、それともう一つ。今日もお休みにしといたから、ゆっくり羽を伸ばして休んでよ』

「………はい?」

『いやさー、昨日の君の休日の話を聞いてて思ったんだけどさ、君全然休んでないよね? 何なら仕事の勉強をしてるよね? もう少しアンドロイドから離れた時間も取るべきだよ、うん』

「いや、私は全然休んでますけど……」

『いや、いやいやいや! 休日はもっと自堕落に過ごすものだよ! 一日中仕事のことを考えずにゴロゴロとするものだよ!』


 上司から休日論を熱く語られても、エーデルにはいまいち分からない。


『まあ、それ以外として、君有休をほとんど消化してくれないからさあ。ちょうど良い機会だし、ゆっくり休んで欲しいわけだ。昨日のこともあるしね? というわけで、じゃー』

「え、いや、ちょっと」


 ブツ、と向こうから一方的に通話を切られ、エーデルはしばらく通話の切れた端末の黒い画面を見続けていた。それから大きく溜息を吐き出して、ゆっくりとリビングルームの方へと向かって行った。


「おはよう、エーデル」

「ん、おはよ……。リアンも、おはよう」


 足元へ擦り寄ってくるリアンにも声を掛け、エーデルはすとんとソファに腰を下ろした。


「……ロバート、今日私、休みになってしまった」

「なってしまった、って。そういうことは喜ぶものなのではないかい」


 ロバートはココアの入った二人分のマグカップと、ベーコンエッグトーストを乗せた皿を持って、エーデルの隣に座った。エーデルは小さく礼を言い、ココアを受け取ってこくりと飲む。

 ほわ、とした温かさが、全身に広がっていくのを感じつつ、ロバートの方へちらりと視線を投げかけた。


「私、普通じゃないから」

「そう否定的に解釈しないでくれ。嫌味で言ったわけじゃない」


 くすくすとロバートは笑って、トーストに齧り付いた。


「それじゃあ、今日の昼ごはんはどうしようか。何か食べたいものでもあるかい?」


 エーデルは少し悩んで、それから「外出しようと思う」と口にした。その発言に、ロバートは目を丸くする。その視線に、エーデルはぐっと奥歯を噛む。


「何、その顔」

「いや、驚いたというか。家にこもるのが好きだろう、君。足に負担もかからないし」

「そうだけど。でも、いつも君にご飯を作らせっぱなしだし。何より、いつもと違う過ごし方をした方が良いって、主任が」


 言い訳をするように、ぼそぼそとエーデルは言う。

 上司が軽い冗談で言っていることであると、エーデルも理解している。別段、監視カメラで見られているわけでもない。だが、それを粛々と実行してしまうのが、エーデルであった。

 ロバートは、ふふっと口元を綻ばせる。


「っ笑わなくても……!」

「す、すまない。その、真面目だなと。それで、どこに行くんだ?」

「……君は、行きたいところはある? 基本的に私に付きっきりで、街中まではあまり出歩いてないだろう。私は、ここに三年くらい住んでるから、ある程度観光名所とかは案内できるし」

「うーん、それではそうだな……」


 ロバートはココアに口を付け、ふうと息を吐き出してから「うん」と決意の籠った声を零す。それからエーデルの方へ視線を戻した。


「アルスリアやアングヒルの歴史、文化……。そういうものを知ることが出来るような場所。そういうところへ、行ってみたい……かな」

「……歴史が好きなのか?」

「好き……。いや、好きかどうかは分からない。が、興味はある……かな」


 ロバートの曖昧な表現に、エーデルは首を傾げつつも、早速頭の中で彼のリクエストに応じられそうな場所を、脳内で検索し始める。

 アルスリア国の歴史を手早く知ろうと思えば、電子書籍を何冊か購入すれば良い。だが、それではいつもと同じく、家に出ずとも済んでしまう。とすれば、一番良いのは首都の国立博物館に赴くべきだろう。

 図書館も手だ。だが、彼の発言を踏まえると、博物館の方が要望に応えられるだろう。

 エーデルはこく、と頷いて、ロバートの方へ視線を向ける。


「分かった。アングヒルの市立博物館に行こう。それで、そこで昼ご飯を食べて帰ろう。博物館内に飲食が食べられる場所があったはずだから」

「博物館! うん、楽しそうだ。ぜひ行こう!」

「そんなに……? 大げさだな……」


 エーデルは呆れた顔で呟く。対するロバートは、にこにこと楽し気に笑っていた。

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