勇者の役割を与えられた世界で
すがらACC
勇者の旅立ち
Main1 土の行路/星降る邂逅
魔王城の最深は静寂に包まれていた。
黒曜石の床の上、俺はただ立ち尽くす。
「……『勇者』になんてならなければよかった」
どうして、俺が『勇者』になど選ばれてしまったのだろう。
どうして、『勇者』になってしまったのだろう。
その問いに答える者は、誰ひとり存在しなかった。
――――
――
―
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>system_message/voice_01
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白く霞がかった頭の中で、透明な声が反響していた。
――ら――
――――――
声は遠く、聞こえない。しかし徐々に形を持って、意味を持つ。
――あなたは――――う――しゃ――
――勇者――
――弓――使い――
雪のように白い花が、ふわりふわりと落ちて来る。
この花の名前は、確か――
* *
「……ここは?」
目を覚ますと知らない場所に倒れていた。
辺りは一面青い木々が生い茂っており、少し霧がかっている。どこから来たのか、そしてどこに進めばいいのかすらわからない。
傍らにある枯れた花が、風に吹かれてぱらぱらと散っていった。
――青の樹海
懐を探ってみても、何も持っていなかった。身ひとつである。これではどうしようもない。
森はどこまでも続いている。とりあえず軽く散策してみても、似たような木が並んでいるだけだ。
いやに甲高い鳥の声が、絶えずどこからか聞こえる。きいきいと、脳裏にまで反響するような不快な音。陰鬱な森だ、と思った。
木の根元に何か落ちている。
「弓……?」
それは、弓だった。使い古され打ち捨てられたのか、やけにぼろぼろになっている。
俺が手に取った瞬間、魔法のように手のひらに矢まで現れた。一体どういう原理なのだろう。だが、これで矢が尽きることはないらしい。
弓なんて、簡単には扱えないだろう。
だが、何もないよりはマシだ。傍らに携え、再び歩き出す。
相も変わらず、鳥の鳴き声が聞こえる。
空を見上げても、繁った葉が頭上を覆い尽くし、一点の青空すら見えない。
霧も、徐々にその濃度を増していた。質量を持って身体にまとわりついてくるようにすら思えた。
一体どこまで歩けばこの森の外に出られるのだろう?
突然。
近くから鳥の鳴き声がした。
黒い、鴉のような怪鳥。異様なほど鋭くとがったくちばしと、ぎらついた獰猛な瞳。
怪鳥は高く鳴くと、獲物――俺に飛びかかってきた。
「……ぐっ」
一歩後ずさる。だがそれは無意味な抵抗に過ぎなかった。ナイフのように鋭利な鳥のくちばしが頬をかすめる。
狙いを外した怪鳥は再び突進してきた。今度は腕。今度は脚。今後はまた顔。どんどん傷が増え、傷口からは血が滴り落ちる。
このままじゃ埒が明かない。
俺は手に持っていた弓に矢をつがえた。
弓を扱った記憶などないのに、その動作はひどく自然に行うことができた。そして、矢を放つ動作もなぜだか知っていた。歩くときに何も意識することなく歩き出せるのと同じように。
あれだけ速く飛び回る鳥に、不慣れな人間の放った矢が当たるものか。その上、霧で視界も悪い。
しかし、俺は闇雲に矢を放った。
「当たれ……!」
風を切る矢は、どんな幸運か怪鳥を貫いた。
「――――――――」
耳をつんざくような鳴き声。
怪鳥は地に落ち、しばらくばたばたともがいていたが、やがて動かなくなった。
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>固有スキル《
『勇者』の固有スキル。
放った攻撃は百発百中。外れることはない。
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森を抜けると、景色が一気に開けた。地平線まで見えそうなほど大地は続いており、遥か彼方に巨大な山脈が見えた。
目を落とすと、乾いた地面には人の踏みしめた跡で道が出来ている。
それを辿って、さらに歩みを進める。
――土の行路
少し歩くと、前方に何か見えた。
三メートルはあろうかという巨躯で、単眼の怪物。相手にするのは厄介そうだ。
どうする。逃げるべきか。怪物はまだこちらに気付いていないようだ。
しかしその魔物の前に、ひとりの少女が立ち尽くしていた。
挿絵(https://kakuyomu.jp/users/allnight_ACC/news/1177354054895752457)
運悪く魔物に出くわしてしまったらしい。前方を塞がれて、逃げることも対抗することもできないようだ。
俺は弓に矢をつがえて、狙いを絞る。
少女に当たらないよう、慎重に。そして決して外れないように。
定まったところで、矢を射る。
狙い通り、矢は魔物に刺さった。突然の攻撃に、魔物の注目がこちらに集まる。
鈍い雄たけびを発したかと思うと、怪物は一気にこちらに進んできた。
だが、まだ距離がある。俺は次の矢をセットした。
狙うべきは急所。そして、あの異形の急所は恐らく――
放たれた矢は一切のぶれなく真っ直ぐに肉薄していく。
目を貫かれた怪物は、耳を劈く声を上げる。視界を失い、ぐらつく巨躯をどうにか支え、闇雲に向かってくる。少女のことは既に眼中にない。
俺の存在に気付いた少女は、魔術書を広げ詠唱を始める。
「遠き
突如空から流星が――いや、隕石が降り注ぐ。まばゆい光と熱。
あっという間に怪物は跡形もなく消えていた。地面には、大きなクレーターが残されているばかりだった。
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>ボス図鑑>サイクロプス
土の行路に現れた怪物。
美しい少女に目がないらしい。
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サイクロプスは倒れ、土くれとなって消えた。
強力な魔物だったが、少女の助けもあってどうにか倒すことができた。
「危ないところだったね」
「…………」
少女は俺をじっと見つめていた。
その頬は朱色に染まっている。
「ん? どうかした?」
「あ、い、いえ……助けてくれて、ありがとうございました」
上がった息をどうにか整えながら、少女は深々と頭を下げる。
「そんな……死にそうな女の子を放ってはおけないよ」
「いいえ、あなたがいなかったら、私……一応魔法が使えるんですけど、発動までに時間がかかって手間取って……本当に助かりました」
確かに、彼女は魔法の詠唱に随分時間がかかるようだった。その分魔法は強力だったが、俺の援護がなければ魔法を打つ暇もなく襲われていただろう。
「ぜひお礼を……私の名前は、
頭にはピルボックス帽を被り、ロングの暗紅色の髪には、星の髪留めをつけていた。如何にも魔法使い然とした黒いマントに、夕空色のワンピース。そこから伸びる脚は、百デニールの黒いタイツに包まれていた。
線が細く、美しい少女だった。背は低く、恐らく百五十センチメートルもないだろう。
「あの、あなたのお名前を伺ってもいいですか?」
「…………」
答えに窮する。
少し考えても、自分の名前らしきものは浮かんでこなかった。どころか、あの森以前の記憶が全くない。ぼんやりと透明な声が聞こえてきたような気はするのだが……。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。思い出せないんだ。何も」
「えっと……記憶喪失ってことですか?」
「……そうかもしれない」
森で目覚めたときから始まり、今までのことを軽く説明する。
「なるほど。そういうことはたまにあると聞きます。なんでも、世界を移動した衝撃で一時的に記憶が失われてしまうんだとか……」
「世界?」
「ああ、まずはそこから説明しないとですね。でも、込み入った話になるし、ここじゃまた魔物に襲われるかもしれません。場所を移動しませんか?」
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>固有スキル《
『魔法使い』の固有スキル。
魔法攻撃の発動回数が常に+1される。
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俺たちは、道の脇にあった小さな掘っ建て小屋に入った。
多少手狭で散らかっているが、ここでなら落ち着いて話ができるだろう。
「……ひどい傷ですね」
籃は、俺の身体に目を留めて言った。
「今すぐ治療しましょう。私、回復魔法はそれほど得意ではないですが――薬草もありますし、応急処置程度ならできると思います」
怪鳥から受けた傷。そして、死体の魔物から受けた傷。
それら全てが、彼女の処置によってみるみるうちに回復した。もう傷跡も残っていない。
「助かるよ。すごいな……」
「はい。魔法ですから」
少女はにっこりと微笑んだ。
「……普段は、この辺りにはあんなに大きな怪物は出ないんです。それなのに、今日はやけに……」
なるほど、あのサイクロプスはイレギュラーなのか。
「あ、そうだ。おなかがすきませんか?」
言われてみれば、空腹感がある。戦闘でだいぶ体力を消耗したし、何か食べたい。
「戦闘すると、おなかがすきますよね。パンを持ってきていたんです。私はここに来る前に食事を摂ったのでまだ空腹ではありませんから、よかったらどうぞ」
籃は自分の鞄をごそごそと漁る。鞄の中には、ランタンやロープなど、冒険に必要そうな道具が一式詰め込まれていた。
その中から、彼女は包みに入ったパンを取り出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
早速口に運ぶ。茶色い全粒パンだった。固く、独特の味がする。
「水もありますよ」
革袋の水筒も渡される。至れり尽くせりだった。
食欲という生理的欲求が満たされると、今度はもっと高次のことが気になってくる。
「それで、籃。この世界についてのことなんだけど……」
「ああ――」
彼女はうなずいた。
「それでは、説明しますね」
* *
「私たちは、元いた現実世界から、ある日突然この世界に来てしまいました。みんな一度に、ではありません。タイミングはバラバラです。私は半年前にこの世界にやってきたし、あなたはきっと今日やってきたのでしょう。私が知る限りでは、一年前に来たという人もいます。
この世界は、『勇者』と『魔王』がいるような、いわゆる中世ファンタジーの舞台に非常に近い世界です。
そして、特筆すべきなのは、この世界にやってきた人にはみんな『役割』が与えられているということです。
『役割』というのは、『勇者』や、『魔王』や、『村人』などなど……これまたRPGの役職のようなものです。
ちなみに、私の『役割』は『魔法使い』です。だから、魔法を扱うことができるんですよ。そう、『役割』には、それに応じたスキルが自動で付随してくるんです。きちんと役を遂行できるように。
この世界には魔物が出ます。私たちに仇なす『魔王』と、その配下である『四天王』もいます。
いくら魔法が使えたって、さっきのように危うく殺されてしまいそうになることもあります。いいえ、実際に殺されてしまった人だってたくさんいるでしょう。
だけど、元の世界に戻ることはできないまま、一年もの時間が過ぎています。
……元の世界に戻る方法は、わかっているんです。
私たちを導く透明な声が、人々に教えてくれました。
『勇者』が死ぬか。それとも、『魔王』が死ぬか。
そうすることで物語は終わりを迎え、元の世界に戻ることが出来るんだそうです。逆に、それ以外に選択肢はないと。
でも、問題があります。
この世界には、一向に『勇者』の『役割』を持つ人が現れないんです。
世界は長らく『勇者』を欠いているんですよ」
* *
「話が長くなってしまいましたね」
「いいや……ありがとう。よくわかったよ」
この世界に来た人間には、みんな『役割』が割り振られているのか。そして、『役割』に応じた固有スキルも。
俺の脳裏には、元々いた現実世界の光景がありありと浮かんだ。
ビルが立ち並ぶ市街地。そこをせわしなく歩く人々。
だが、自分がそこでどんなふうに暮らしていたのかは、全く思い出せなかった。
「そうだ、あなたの『役割』はなんですか?」
籃はこちらを見る。
そう、俺にも何かしらの『役割』が与えられているはずだ。
「みんな、この世界に来る直前に、透明な声を聞いたんです。そこで『役割』を告げられたと思うんですが」
「えっと……」
言われてみれば、聞いたような気がする。
俺は記憶をたどる。あの透明な声は、なんと言っていたか。
確か。
「『勇者』と、『弓使い』って――」
「え」
籃は素っ頓狂な声を上げる。
『勇者』――そうだ、『勇者』。
俺は『勇者』なのだという。
『魔王』と戦うことが義務付けられた存在。世界の物語を行く末を握る者。
自分の名前も、記憶も、何も覚えてはいないのに、世界を救わなくてはならないというのだ。
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