隣の君は、果てより遠い。

 窓の外、人魚型記憶装置(TOMO-R2-0W)、通称トモが、悠々と宇宙空間を泳いでいる。僕は時々目をやりながら、目の前の画面とにらめっこする毎日。

 レーダーに生命体の反応は今日もない。

 〈そろそろ夕ご飯の時間です〉

 「もうそんな時間? 今日の作業全然終わってない……」

 〈腹が減っては戦もできません〉

 「何だっけそれ、ことわざって言うんだっけ?」

 〈トモ様の記憶から学習しました〉

 「ああ、トモ呼んでこなくちゃ。夕ご飯だよ」

 「はーい」

 トモが遠視モードを切って、宇宙船の方へ泳いでくる。僕は人工知能のスシと話しながら、データを片付ける。スシはトモに教わって作った。話し相手を自分で作ることができるなんて、2年前の僕が知ったらどんなに驚くだろう。


 15年前、生まれたばかりの僕を、何としても地球滅亡から救いたかった両親は、僕一人だけを船に乗せて宇宙へ飛ばした。多分もう既に、二人はこの世にはいないし、地球の生き残りは僕だけらしい。

 地球滅亡を知ったのは13歳の誕生日。

 初めての友達ができたのは14歳。

 地球出身同士、彼女は今はロボットだけど、大切な友達。


 「もうすぐ誕生日でしょ? 何か欲しいものは?」

 「まさか誕生日プレゼント!?」

 「そう」

 夕食後、コーヒーを飲みながら僕とトモは外を眺めていた。

 「生まれて初めて、両親以外からもらうなんて」

 「準備できるものなら何でも」

 「本当に? 君がこんなに優しいのちょっと怖いんだけど」

 「ココは普段私にどんな感情を抱いてるの」

 「どうしよう、すぐには思い浮かばないんだけど……、強いて言うなら強いパーツかな」

 「……パーツ?」

 「まだ全然できてないんだけどね」

 ココはそう言ってスクリーンを起動し、トモに見せた。

 「これは---」

 「バカにしないでね? 割と本気なんだ」

 「タイムマシン計画……」

 「うん。もしかしたらできるかもって思って、プログラムを組んでるんだ。おおよその形は出来たんだけど、再現するにはこの宇宙船のパーツじゃダメなんだ。処理がどうしても間に合わなくて」

 「だから私の調査に特殊な金属があったら回収するように頼んだのね」

 「まだ全然形になっていないから、秘密にしてたんだ」

 窓の外、遥か遠くに見える青い星。

 「今、ここから普通に地球めがけて戻ることもできるけど、可能性があるなら、僕は会ってみたい。話してみたい。僕の両親に。会ったことのない色んな人に」

 時空をさかのぼる。

 とんでもなく突飛な話なようで、彼のプログラムは現実を帯びていた。膨大なエネルギーの準備と、時空転送にかかるプログラムの処理さえちゃんとできれば、不可能ではない。

 「エネルギーは太陽光の蓄積で何とかなりそうなんだ。一番効率のいい回収方法をさっき思いついて、まだ計算途中だけど、多分それで行けると思う。あとはちゃんとプログラムを処理できる基盤だけ。---だから、誕生日プレゼントはそれかなあ。でも、すぐに用意できるわけじゃないし、気長に待つよ」

 「爆発的な処理が超速でできる基盤ね……」

 ココは大きなあくびをした。

 「今日は一日ずっと画面見てて疲れたー。僕はもう寝るよ」

 「分かった」

 「おやすみ」

 〈おやすみなさい、ココ〉

 「おやすみ、ココ」


 ココが寝室へ入ったのを確認すると、トモは即座に左手からプラグを生やし、ジャックへ接続した。

 ココの夢は叶う。

 ”私”を使えば。

 ロボットのトモは、オリジナルの人格と記憶をコピーした存在で、そのオリジナルと言うのは彼女曰くナチュラルボーン・ジーニアスだった。天才だった。だから、トモの体は天才の最高の技術を詰め合わせた結晶だ。彼女を司るメイン部分は、実はココの宇宙船よりずっと高性能である。記憶装置としての制御はされているものの、記憶を捨て、人格を捨てて制御を切ってしまえば、トモはマシンとして最大限に使用可能である。

 だがそれはつまり、トモ自身がトモを削除することでもある。

 地球滅亡の生き残りはきっとココしかいない。14年漂って他には会えなかった。

 私がいつ壊れてもいいように、寂しくないように、人工知能を作らせた。

 ココは賢い。あの子は私と出会って1年で、あらゆる技術を獲得した。

 それこそオリジナルの私と同じか、それ以上の見込みもある。

 ついに彼はタイムマシンの実現まで漕ぎ着けた。

 絶望しきっていた過去を乗り越え、常識を突き破り、両親に会いに行こうとしてる。

 滅亡前の地球に降り立てば、英雄も間違いなしだ。


 私の役目はここまでだ。


 私がいなくなっても、あの子は生きていけるだけの強さを身に付けた。

 トモはプラグを抜いて、ココの寝室の前まで泳いで行った。

 窓から見つめる。ココはぐっすり眠っている。

 ずっと見ていたい。なんて愛らしい寝顔だ。しっかり育ったよ。

 ついに会いに行こうとしてる。偉いよ。

 ”あなたたち”の夢は、大きな花をつけたんだ。

 トモはギュッと目をつぶって、大きく息を吐き出して、最後にココを見つめると、寝室前を後にした。モニターの前に戻ると、再び左手からプラグを出し、接続した。

 「スシ、起きてる?」

 〈起きてます〉

 「ココに伝言を」



 アラーム音で目が覚める。

 ぼんやりしながら席につく。いつも通り、朝の動画が始まる。

 「15歳のお誕生日おめでとう、ココ!」

 「ああそっか、誕生日だ今日。あれ」

 モニターの横にうなだれるように座るトモ。

 「トモ? 寝てるの? スリープモード?」

 トモは何も言わない。

 「バッテリー切れかな? 昨日コード挿さないで寝ちゃったのかな。トモ?」

 トモの左手からはプラグが伸びて、モニターに繋がっている。

 「……おかしいな。故障かな? 電源は入ってる、破損なしだし」

 無理やりトモのまぶたを持ち上げるも、瞳が動く様子はない。腕やヒレを引っ張っても返事はない。そっと体に耳を当てると、微かに音がする。完全に壊れてはいないようだ。

 「中身は生きてるのかな。スシ、何か知らない?」

 〈トモ様から、伝言を承っております〉

 「……伝言?」


 〈ココ、私のオリジナルが天才だったことはもう知ってると思うけど、私はその天才の最高傑作だ。だから、私のパーツを使って。機能制御を解いておく。あなたのプログラムの内容も確認したけど、全く問題ない。ちゃんと条件が揃えばタイムトラベルできる。こんなに立派な弟子を持てて、生前の私が知ったら羨むと思う。ご両親によろしくね。誕生日おめでとう、ココ〉


 「これはいつの?」

 〈昨晩23:54です〉

 ココは即座に現状を確認する。トモのメインは宇宙船のメインと繋がっている。

 トモの人格や記憶のデータは、どこにもない。

 「嫌だ、待ってよ。君は僕の友達だよ。初めての友達なんだ。なんで黙って行くんだよ。何も聞いてない。相談してよ」

 こぼれる涙は動かなくなった体に降り注ぐ。

 「友達だろ、君は、僕の友達だ。色んなことを教えてくれた師匠でもあるけど、君にとって僕ってなんなんだ? これが優しさだと思ってやったの? どうして?」

 キーボードを叩く手が止まる。

 「これTOMO-DF-0001って、トモの元データ?」

 ほとんどのデータは削除されているが、どうやらいくつかは奇跡的に残っていた。

 ロックがかかっていたから、削除されなかったみたいだ。

 でもあのトモがそんな凡ミスみたいなことするかな。

 「……開けない」

 〈VR用のデータです〉

 「VR? ああ、ゴーグル付けるのか」

 データは、日付的に彼女(のオリジナル)がまだ地球にいた頃だ。



 「うわっ」

 急に目の前が明るい。見上げると水色の風景と、眩しい一点。地球の風景だ。あれは恐らく太陽だから、時間帯は日中かな。視点は歩いている。街中を歩いている。お店がいっぱい並んでいる。店のガラスに横顔が映る。

 全く違う顔だった。肌の色も髪の色も何もかも違かった。

 ただ、真っ青な瞳だけは同じだった。

 これが、トモのオリジナル。

 オリジナルは時間を気にしながら歩いている。細道の隅のカフェに入った。

 「ニゲラ! こっち!」

 誰かが奥の席で手を振っている。女の人だ。

 「メメ、あのメッセージって本当なの?」

 「本当だってば! 私、ママになるの」

 嬉しそうに微笑むのは生前の母。

 呆れながら、飲み物をオーダーするトモ改め、トモのオリジナル、ニゲラ。

 「不注意にも程がある。あと3年で地球が終わるのに。何? 生存本能?」

 「動物的に言わないでよ。これは奇跡よ」

 「産んだって2歳とか1歳しか生きられないじゃん」

 「トトと同じことを言うなあ」

 僕の目の前で、母はけらけらと話し、ニゲラはロボットの時と変わらず(むしろ冷淡)相槌を打っている。

 トモは、ニゲラは、母の親友だったのだ。

 いつか教えてくれるつもりだったんだろうか。

 「私たちは生かすのよ、この子を」

 「どうやって? まさか宇宙船でも作るの?」

 「そのまさかよ。トトが宇宙船を作る」

 「……本気で言ってるの? 妊娠してハイになってない?」

 「本気」

 「…………トトの大学の時の成績には触れないとして、宇宙船を作ってどうするの? きっとそろそろ政府の規制が入るでしょ? 家族で脱出するつもり?」

 「それは……」

 「赤ん坊一人宇宙船に入れて飛ばすつもり? その子はどうやって育つの? 故郷や家族や、それどころか地球の生き残りはいないことを知ったらどうなるの? ねぇ、その子が生まれる必要を感じないよ、私」

 「生まれる必要なんて---」

 「関係ない? 大有りだよ。まだ実験で死ぬネズミの方が幸せだ」

 「ニゲラ!」

 「ごめん、口が止まらない。これ以上あなたの気分を害したくない。帰るね」

 「ニゲラ、ねえ」

 「何にせよ、行動は早くした方がいい」

 「ニゲラ!」

 ニゲラはメメを置いて、颯爽とその場を離れた。

 後ろの方で、「ご注文のメロンソーダです」と聞こえた。


 そうだよなあ。ニゲラと同じ気分だった。ショックは受けなかった。彼女を責める気はしなかった。両親とは違う優しさだと思った。現実的な優しさ。



 映像が飛ぶ。

 「あとは……」

 目の前には、トモの姿。吊るされて、目をつぶっている。工具で微調整するニゲラの手には一切の迷いがない。

 「これでよし。記憶転送すればオッケー」

 壁にびっしり貼られたポストイットに思わず目がいった。

 〈トトがロケット上げ始めた ←うまくいくわけない〉

 〈↑成功した ←マジに本気じゃん マジかよ ばかじゃんあいつら〉

 〈子供一人で宇宙へ投げ出すのかよ〉

 〈人間は脆いけどロボットに人格をコピーして〉

 〈人魚は東洋では不老不死〉

 〈いつか地球へ帰れたら〉

 〈↑生き残ったらオリジナルが地球から通信する 観測する〉

 おびただしい数のポストイットの中央には写真。

 スヤスヤ眠る僕と微笑むメメと涙ぐんだトト。

 その写真の下に貼られたポストイットは、

 〈↑決してひとりにしない。〉だった。

 「トモ、そっか、僕がタイムマシンで帰れたらもう一人じゃないから? だからいなくなったんだね」

 ニゲラは真剣な顔で難しい操作をしてる。パソコンの画面に顔が反射してる。

 「一人じゃなくなったって、僕は君が必要だと思ってるよ。だって初めての友達なんだ」

 〈ココ様、頭部に冷却反応が見られます。薬が必要ですか?〉

 「スシ、大丈夫。これは涙だから」

 〈かしこまりました〉



 映像がまた飛ぶ。

 「ねぇメメ、嘘をつくことだって必要だよ」

 ニゲラは電話しているようだ。

 「真実がいつだって正しいわけじゃない。とりわけ人生においては。あの子に全てを教えることが、あの子の苦しみになるのかもしれないよ」

 窓の外は雨が降っている。

 「私たちは死ぬけれど、いや私は死ぬつもりは一切ないけど、あの子は生きていくんだ」

 10分ほどで通話が終わった。



 映像が切り替わる。

 「クッソ、どこがエラー吐いてる!?」

 窓の外は騒がしく、黒煙が上がっている。ニゲラは焦っている。大きな爆発音が聞こえて、ニゲラはとっさに外へ出る。

 遠くの方で、何かが白い煙を吹き上げて、空へ飛んでいく。

 「先越された! ウダウダしてる場合か!」

 再び彼女はラボに戻って作業している。

 「TOMO-R2-OW! あの子を一人にするつもり!?」

 トモの目に光が宿る。

 「よし起きた! あとは記憶!」

 ニゲラは頭にヘルメットのようなものを被る。管がたくさん出ている。その一本がニゲラの心臓部につながっている。

 「「切替完了」」

 視点がトモ側に切り替わった。ロボットの視界のせいか、とても鮮明に見える。汗だくで、泣きそうな顔をしているニゲラ。トモの動作に問題がないことを確認すると、ラボの天井を開いた。青い空が見える。

 「トモ、あの子を頼む」

 トモの身体は即座に発射準備を完了し、ニゲラのラボから飛び出した。

 泣きそうな、満足そうな顔をしているニゲラがどんどん遠くなっていく。

 「隕石群だ」

 トモは隕石を避けつつ宇宙を目指す。

 「いた!」

 視界の遠くに、飛んでいく宇宙船。

 「ココ、待ってて---」


 その瞬間、画面は真っ暗になる。



 メモリ異常なし

 データベース異常なし

 機体損傷20% 事故修理可能

 動作確認異常なし

 バッテリー回復異常なし

 起動します



 「隕石に当たったな。天才としたことが……。あの子を見失った。今はいつ? あ、あれから一週間経ってる」

 宇宙で目覚めたトモは、ふと振り向いた。

 地球は真っ赤な炎で包まれていた。

 「地球としての形は残ったけど、もはや文明は木っ端微塵か。あの子は隕石に当たらなかったかな」

 近辺に生命体反応はない。

 「とりあえず地球に生き残りはゼロ、か。早くあの子を見つけなきゃ」







 それから長い時間が経った。






 

 「え、は、ハロー?」

 「あなた、名前は?」

 「ココです」

 トモは僕をじっと見て、目から虹彩認証を照射した。

 「そう。私はTOMO-R2-OW。こんな日をずっと待っていた」

 「あなたはロボット?」

 「そう。記憶装置。私のオリジナルの記憶全てと人格をコピーしている」

 「オリジナルは?」

 「あなた、自分の出生を知ってる? ここにいる理由は?」

 トモの内部で、「焦るな、一つずつ確認しろ」とメッセージが出ている。

 「えっ? もちろん。14年前、両親が滅亡する地球から僕一人だけ宇宙へ飛ばしたんだ」

 「そう……。私のオリジナルも地球に残してきた」

 「地球に……」

 「オリジナルは私に向けて通信を飛ばす予定だった。でも、オリジナルからの通信は隕石衝突後に途絶えた。何日経っても通信が回復しなかった」

 「TOMO-R2-OWは記憶装置ってことは、地球のことを知ってるの?」

 「トモでいい。知っている。いつか地球出身者や宇宙高度知識生物と出会った時に、地球の記憶を受け継いでもらうために、生まれた。あなたは14歳?」

 「うん。僕も似たような感じみたいだ。地球の忘形見みたいな気持ち」

 「他に人はいないの?」

 「いないよ。14年ずーっと、僕一人で宇宙を旅してきた」

 「一人で!? たった14歳で!?」

 「ああ、両親がたくさん動画残してくれてるから、そんなに寂しくはないけど」

 「動画?」

 〈おはようココ! よく眠れた?〉

 「これは……」

 「僕の母のメメ。覚えてないけど。こっちは父のトト」

 「これを毎日、ずっと……?」

 「全部は把握してないけど、多分僕の200歳の誕生日までありそうな量」

 「……すごい」

 画面の向こうの親友は、笑顔で手を振っている。

 一瞬、トモの目に涙が貯まったが、すぐに内部に吸収した。

 「地球には、下半身が魚の人がいたの?」

 「いや?」

 「じゃあ何でトモの体は……」

 「ああこれは、人魚を参考にしたから」

 「にんぎょ?」

 「上半身が人間で、下半身が魚の空想上の生き物。データを共有してあげる」

 宇宙船のモニターに「人魚」の情報が送られてきた。

 「人魚……、人魚姫……童話が元なんだ」

 興味深そうに読み進めるココ。

 「あの、嫌だったら断ってくれて構わないんだけど、私にもあなたの持ってるデータを共有させてくれない?」

 「全然構わないよ。せっかくの残り物同士、シェアしてこう」

 「寛大な心遣いに感謝するわ」

 トモは左手からプラグを生やし、モニター横のジャックに接続した。

 流れ込んでくる記録。

 膨大な量の知識。

 彼の両親のとてつもない量の動画。

 アンロックされてない隠し要素。


 たった14歳の子供に、これを全て背負わせたのか。

 やめとけと言ったのに。


 地球脱出時点で、天涯孤独が確定している運命に、こんなに重荷を背負わせたのか。


 オリジナルだったら激昂したんだろうか。

 ロボットとなった今だから、こんなに冷静なのだろうか。


 何にせよ、この子は知ってしまったし、宇宙のことには何も知らない。

 地球にはもう誰もいない。

 だけど私がいる。


 「あなた……」

 「はい?」

 人魚姫伝説を読み終えて、ちょっと涙ぐんでるココが振り向いた。

 「全く知識が足りてない。本当に宇宙で生きる気ある?」

 「はっ!? でも両親が残してくれた知識が」

 「地球の歴史が宇宙での生活の何の役に立つ? あなたは宇宙の知識を全く知らない。赤ん坊も同然。このまま放っておくわけにはいかないわ」

 「た、確かに知識は足りてないけど……」

 脱ぎ捨てた宇宙服から目を逸らす。

 「これでもオリジナルは天才でした。ナチュラルボーン・ジーニアスでした。その人格と記憶をコピーした私もイコールの存在です。あなたに知識を授けてあげましょう」

 「なんか言い方が仰々しくなった……」

 「手始めに、宇宙服の設計をやり直しなさい」

 「え!? でもこれは両親が作った物で」

 「知らない? 分からない? 知らないなら知ればいい。分からないなら分かればいい。両親と私の知識をフルに使ってやってみましょう」

 「えっ、えーっ」




 ココは賢い。あの子は私と出会って1年で、あらゆる技術を獲得した。

 それこそオリジナルの私と同じか、それ以上の見込みもある。

 ついに彼はタイムマシンの実現まで漕ぎ着けた。

 絶望しきっていた過去を乗り越え、常識を突き破り、両親に会いに行こうとしてる。

 滅亡前の地球に降り立てば、英雄も間違いなしだ。


 私の役目はここまでだ。


 私がいなくなっても、あの子は生きていけるだけの強さを身に付けた。

 トモはプラグを抜いて、ココの寝室の前まで泳いで行った。

 窓から見つめる。ココはぐっすり眠っている。

 ずっと見ていたい。なんて愛らしい寝顔だ。しっかり育ったよ。

 ついに会いに行こうとしてる。偉いよ。

 ”あなたたち”の夢は、大きな花をつけたんだ。



 ココはVRゴーグルを外した。

 「確かに僕はもう、スシもいるし、君なしで生きていけるのかもしれない」

 トモは目をつぶったまま。

 「それでも君が必要だと、今でも思ってるよ。君を元どおりにするのに何年かかるかわからないけど、タイムトラベルはその後にするよ」

 ココがそっとトモの頭を撫でる。

 「一緒に帰ろう」



 今日も君の反応はない。

 隣にいるのに、ずっとずっと遠くに行ってしまった。

 でもいつか、再び君と出会いたい。

 その日を夢見て生きていく。

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