118. 想定外と型破り
すっかり元の姿に戻った、いや以前よりも綺麗になった新築同然の豪華な個室。生まれ変わって輝きを取り戻した明るい空間に、雪の妖精のようなご令嬢と二人きり。感情を溜めてきたお嬢様の表情はその眩しさがブーストされていて、俺の視界はホワイトアウト寸前と言ってもいい。
現実逃避気味にそんな考えが浮かぶのは、提示され自ら選んだ話題について話をすることが憂鬱なせいだろう。
「―――分かりました。それでは少し困らせますね・・・・・・あっ、でも大也さんはもう私が何を話したいのか分かっていますか?」
とはいえ、少し意地悪な愛らしい笑みで困らせると宣言されればドキッとしてしまうのも仕方がないし、選択は間違っていなかったと思うのも早計ではないはずだ。
首をちょこんと傾げて尋ねてくる姿もまた、答えがなんとなく分かってやましい気持ちになっている俺にはとても眩しい。
ここに来たときマリーさんの名前を出していたところから察するに、四人も同時に恋愛対象としてみているということが耳に入ったのだろう。既に雪華さんと菜月さんには告白しているにも関わらず。
だからきっと、どういうことなのか問われて困ってしまうに違いない。
「まあ、なんとなくは・・・・・・。俺の女性関係のことかな、と」
「内容としてはその通りです。でもどうして困るのか、というところはおそらく違いますよ」
「え?」
そう思っていたのだが、雪華さんは俺の心理を読んだ上でそうではないと言う。なんとなく勝ち誇ったような雰囲気で小さく笑うご令嬢は、こちらが想定外のことを言われ呆けている間に説明を始めてくださった。
「大也さんは既に、ずっと悩んで困ってくれていますから。誰か一人を選ぶ、もしくは誰も選ばないというとても難しい選択で。だから相手が菜月さんと私以外にもいたからといって、責めたり文句を言ったりして困らせるようなことはしません」
「・・・・・・それなら雪華さんは何を?」
答えを出せないだけでなく節操もないというどうしようもない人間に対して、優しい表情と声音でその言葉をかけるのは効果抜群だ。自分の情けなさに泣きたくなる。
ただそれと同時に、それしかないと考えていたことを否定されたことで、それならどうやって俺を困らせるというのだろうかという疑問が胸を埋め尽くした。
不安定な心理状態になったためひとまずその疑問を言葉にすると、雪華さんは待っていましたと言わんばかりに薄紅色の艶やかな唇を動かした。
「そこに新しい選択肢を加えていただきたいなと思いまして」
「新しい、選択肢? いったいどんな・・・・・・」
誰か一人だけに絞って思いを伝え、関係を進める。もしくは誰も選ばず、愛想を尽かされるまで今の関係を続ける。それか、すべてを投げ捨てて関係をリセットし、どこかへ逃げる。
俺に与えられた選択肢はこれくらいのものだろう。
しかし、雪華さんの表情は不安を伴いながらも期待や自信といった色がたしかに見え隠れしている。そのせいか俺の言葉にはわずかながら期待感が含まれていた。
「いたってシンプルな方法です。全員を幸せにする、という」
カラフルな白雪姫様から紡ぎ出されたその答えを、ゆっくりと咀嚼しようとして―――。
「・・・・・・ごめん。上手く飲み込めない」
「一夫多妻はどうですか? ということです」
理解が追いつかずまさしくポカンとしている俺に、雪華さんは言葉を変えてもう一度伝えてくれる。それによりなんとか追いついた思考で何かコメントをひねり出したが、上手く言葉にはならなかった。
「えっと、それこそ不可能というか、不誠実というか・・・・・・」
「周りや環境のことは考えず、大也さん自身の気持ちだけ答えてくださいませんか?」
それでも言いたいことは伝わったらしい。真剣な雰囲気を宿した蒼の瞳で問いかけられ、今度はしっかりと自分の気持ちを確かめながら、その中で伝えても良いと判断したものだけを言葉にする。
「・・・・・・俺は、できることなら誰も悲しませたくない。だからもしそれができて、もしそれでみんなが幸せになれるなら、とは思うよ。でも――――」
「でしたら良かったです。ぜったいにイヤだということでないのなら」
少しだけ隠した本音の後に、荒唐無稽な話に縋ってはダメだという自制心でその提案を否定しようとした俺の口は、わずかに力のこもった雪華さんの声よって遮られた。
「え?」
「ふふっ。困らせるって言ったじゃないですか。すぐに答えは求めていないので、いろいろと疑問はあるかもしれませんけど、選択肢の一つとして考えてみてください」
何を考えているのか、それをすべて明らかにすることはできない。けれどその笑顔の裏には何かしら考えがあるに違いないと、どうしてかそう思った。
だからこそ否定せずに頷くことができる。
「・・・・・・わかった。でも一つだけ聞かせて欲しい。雪華さんは、それでもいいの?」
それでも、これだけは知っておかなければならない。どうしようもない俺のために自分の気持ちを犠牲にしているのなら、どうしたって受け入れられないのだから。
真剣な雰囲気を含ませた問いかけに対し、雪華さんは少し困ったように、けれどはっきりと答えてくれた。
「もちろん独占したい気持ちはあります。でも、選ばれないことの方がずっと苦しいと思うんです。それに、同じ相手を好きになった方たちとも仲良くなりたいなぁって。私の知らない大也さんのことだって知れるかもしれませんから」
「ほんと、すごいな雪華さんは」
菜月さんとの例があるからなのだろうか。どこか嬉しそうに話してくれた思い人に、尊敬の念を抱いた。
しかし、当の本人は申し訳なさそうにそれを否定する。
「そんなことはありませんよ。だってこの話をしたのも、私が弱いからこそなんですから。選ばれないことが怖くて、選んでもらえる可能性が高くなるようにしたというだけです」
「それは、俺のことも考えて――――」
「どうなんでしょうか。きっとこの選択肢が一番、大也さんにとって厳しい茨の道のはずです。それを分かっていて提案しているのですから、私はとても自己中心的で―――」
「違うよ。俺にとっては、そうじゃない」
また言いたいことを遮られたお返し、というわけではないが、こちらも雪華さんの言葉に少し大きな声で被せた。
これ以上その悲しげな表情を見たくなかったから。そして、彼女の言っていることが間違っていたから。
「えっ?」
「俺だけが苦しい道なら、それでいいんだ。結果としてみんなが幸せだと思ってくれるなら・・・・・・。自分の弱さのせいで誰かを傷つけてしまう方が、よっぽど怖い。だから雪華さんの話を聞いたとき、それが許されるなら、可能であるなら、そうしたいって本気で思ったんだ。つまり、その・・・・・・お互いにとっての良い案ってことだから雪華さんが自分を責める必要はない、と思う」
全員を幸せにする。なんだ、ハーレムとか最高じゃん、と思うかもしれない。しかし現実を考えてみると今の世の中で実現するにはハードルが高すぎるわけで。
俺自身この案を思いつかなかったことからも、常識というものが根強く染みついていることは明らかだ。そんな社会において本気で一夫多妻を目指そうとすれば、社会に認められることはおろか、家族から賛成を得ることすらできないだろう。
だからこそ、茨の道なのだ。しかし他の選択肢を選ぶくらいなら俺はその道を選びたい。それが俺の身勝手で自己中心的な意見であると分かっていても。たとえ、実現の可能性が低いと分かっていても。
それにまず、菜月さん、瑠璃先生、マリーさんの気持ちを確かめる必要もある。それでも、雪華さんが悩みながら伝えてくれた現状の最良案なのだ。頑張るしかないだろう。
「・・・・・・大也さんは優しいですね。ありがとうございます。もしそうなったときは一人で背負わせたりしませんから、一緒に頑張りましょう」
潤んでいるようにも見える海のような蒼の瞳で、控えめでありながら嬉しそうに笑う雪華さん。感謝するのはこちらの方なのに・・・・・・。
「うん、ありがとう」
「それではそういう方向で進めていきますね!」
感謝を伝えると、俺の内心のやる気に呼応するかのような元気な声で雪華さんがそう宣言した。何か考えがあるのかもしれないとは思っていたが、既に具体的な策があるのだろうか。
「え? 何をどう進めるつもり?」
「ふふっ。私とマリーお姉様は、白宮守と橙宝院ですよ? 手を組んで家を巻き込めば法律だって変えられます!」
可愛らしい笑顔を楽しそうな色で染めながら、雪華さんは言い放った。
「そっか、法律を・・・・・・ん? え!? ちょっ、そんな大ごとになるの!?」
あまりに堂々としていたため納得しようとしたが、法律と呟いたところでその破天荒なやり口に気づき、思わず取り乱すほどに驚愕させられる。
「そうしないと実現できませんよね?」
「・・・・・・その通りです。はい」
しかし雪華さんからは至って冷静に返され、俺は頷くことしかできない。
「あっ、もう一つの話を忘れていました。とても真面目なお話なんですけど、どうしましょうか」
いまだに混乱している頭でとんでもないことになっているのではないかと思っていると、この話はいったん終わりということなのかもう一つの話題について言及された。
ただ、今の状態で真剣な話などできるはずがないので申し訳ないがお断りする。
「急を要さないなら、明日とか別の日にしてもらいたいかな・・・・・・」
「わかりました。それではそのお話は明日ということで。これで、あとはゆっくりお茶と雑談を楽しむことができますね」
切り替えが早いのか、俺と同じで重たい話につかれていたのか。どこか吹っ切れたようにそう言ってカップへと手を伸ばすお嬢様。
その表情は先ほどまでよりも晴れやかで、こちらのおかしくなった頭をクリアにしてくれる。だからこそ俺も執事への切り替えがスムーズにできた。
「是非お楽しみください。新作のケーキもございますので」
「本当ですか!? 楽しみです!」
今日一番の笑顔に目を細めてしまいそうになりつつも、しっかりとその瞬間を目に焼き付ける。
この愛らしい笑顔の最大値をどんどん更新していけるように頑張ろうと、真っ白な視界の中で強く決意したのだった。
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