第149話 古都ローム(2)


「お戯れが過ぎたわね。でも、あなたの心意気……とても気に入ったわ」


 女王は俺の胸に手を当ててにっこりと微笑んだ。


「あなたのおっしゃる通り。エルフは長い時間を生きる。だからこそ、かつて人間たちがエルフたちにした所業が許せずにいる。そして、この地で生きるエルフたちは自分たちがされたことを人間にすることがすでに慣習となってしまっている」


 あぁ……この人は心が読めるのか。


「そうよ、だからあなたたちの資質を確かめるために案内役に化けてたの」


 女王は白い髪を後ろで束ねると家臣の用意したマントを羽織って首飾りをつける。彼女は髪も肌の色も自由にできるらしい。ツクヨミもびっくりだ。


「ふふふ、数百年も生きていればこのくらい造作でもないわ。だからこそ……人間は私たちを恐れ、迫害した」


 女王は俺たちに仮面を取るように言った。俺は言いつけ通り仮面を取る。


「で? この国を逃げ出した人を私にどうにかしろ……と?」


 あぁ……もう喋る必要はないな。


「その件もそうだが、我が国のダルマス商会となのる者たちがこのロームからの密入国を手伝ってる集団と手を引いている何者かがこの都市にいると考えられます」


 ネルの話を目を閉じながら聞いていた女王は不敵な微笑みを浮かべる。


「貴女はどうやって……エンドランドへ?」


 ネルの表情が変わる。この場の空気がピンと凍りついたようで俺は居心地の悪さを感じる。


「私は……ここから出た船にのり……」


 女王はネルが言い終える前に彼女の言葉を遮った。


「一人のご令嬢が行方不明になった。そして、同時期に漁船が難破した。あなたは……こっそり漁船に入り込み出国をしようとしたところ事故にあったのね。そしてたどり着いたのは極東。極東の医師に拾われ育てられた」


「ネル・シフォン・ルデール。貴女の本当の名よ」


 女王はネルのオレンジ色の髪に触れてそしてキスをした。


「そうね、スピカと息子たちのことは私が彼女の元旦那に話をつけましょう。無論、エルフの骨を条件に密出国に関わっている連中についても調査し、そこの流通部特別顧問様にお知らせしましょう。でも、条件がある。」


 あぁ……わかったぞ。


「ネル。あなたがここへ残り、我が国に貢献すること。そうすればスピカたちは助けましょう」


 意地悪な笑顔、女王様はネルの顔を撫でる。


「でも……貴女にはそんなことできない。貧民層に暮らす友人のために自分の自由と立場を捨てることはできない」


 最適解はなんだろうか。

 こんな風に考えていることを女王様はお見通しのはずだ。


「女王様……じゃなくてグレースと読んでくださる?」


「はい……すみません」


 グレースはなぜ、ネルにこんなことを言うのか。この国では男の子の方が重視される。つまり、将来性のあるルドとアルの方を優先するのではないか?

 いや……まて。

 ネルは極東で医師の修行をした……?

 医師の天職を持つ子がたまたま医師に拾われるなんてことあるか?


「あら……やっぱり私が見込んだだけのことはあるわ」


 グレースは俺の頰に触れて妖艶な笑みを浮かべる。


「エルフはね。長い時間を生きる。だから人間とは程遠い素晴らしい力を持っているの。ただの貴族令嬢だったこの子が医師になったように。無限の可能性を秘めている」


 ギルドにはたくさんのエルフがいる。戦士から薬師まですべての職業にいると言っても過言ではないだろう。彼らはみな俺と同じように天職の判別をギルドでしてもらって持っている天職によってその後の運命が決まる。

 それは、無理やり人間のやり方にエルフを当てはめているだけとしたら?

 俺らの知らない可能性を秘めているエルフを俺たち人間が無理やり人間と同等のやり方を押し付けているだけだとしたら……?


「そう、人間はエルフが怖いの。だからエルフたちに本当の力を教えない。もしも、エルフが覚醒すれば……たちまち人間たちはその座を奪われてしまうから」


 俺は、魔族やエルフが人間と同じように暮らしていると思い込んでいたのかもしれない。俺は多数派の人間だから、エルフや魔物たちのことなんて何一つわかってやれていなかったのかもしれない。


「グレース様」


 俺は一か八か。ネルを救うことに決めた。

 

「俺が人質としてここに残ります。その代わり、ネルさんに時間を与えてはくれませんか。ネルさんは我が国の医師部の長。それを退くには少し時間をいただきたい」


 グレースはまたいたずらな笑みを浮かべる。


「そう。それは面白いわね。ネル、時間は1週間。親友を見殺しにするか、それとも自分が籠の中の鳥に戻るか。ゆっくり考えなさい」


「わっ……私はソルトさんの秘書です。私もここへ残ります」


「いいわよ、エリー。あなたも覚醒すればここへ残りたいと思うはず。手厚くもてなしましょう」


 俺はグレースに礼を言ってから振り返り、ソマリの胸ぐらを掴んだ。


「お前、こうなるとわかっていて……違うな。故意にネルさんをここへ連れてきた。そうだな。おそらく、スピカさんを密出国させ、わざとネルと引き合わせたのもお前だろう。金のためか? 」


 ソマリは離してよ、と身をよじるが俺は許さない。


「いいか、ネルさんやスピカさんに何かあったら俺はお前を潰す。どんな手を使ってもだ。シュー、この事をすべてミーナとエスター、それからアロイさん、ゾーイとラクシャ様にも報告だ。この女は戻り次第拘束しろ。罪状はなんでもいい」


「あら、男らしいのね」


 グレースは余裕の笑みだ。

 この様子だと、ソマリに金を渡したのはネルの両親か……貴族というんだからどうせそんなとこだろう。ネルを取り戻したい両親と、優秀な医師が欲しい女王の利害が一致した。だから女王は手を貸しているのだ。

 だから女王はダルマス商会がエルフの骨を買ったと報告されても怒らなかったのだ。

 庶民が苦しもうがそんなことはどうでも良い。それは人間でもエルフでも変わりないのだ。

 

「ネルさん……」


「恩に着る。少しだけ、ここで待っていてくれ」


 ネルはソマリの腕を掴むとシューと一緒にポートの方へと歩いて行った。俺とエリーは取り残され、俺はグレースの方へ向き直った。


「俺は牢屋でもなんでもいい。エリーにだけは乱暴はしないでくれ」


「ふふふ、あなたは人間。でも友好国の要人なのだから……そうねまずはお茶を飲みましょうか」


 

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