第148話 古都ローム(1)

 ギルドの中でも限られた人間しか入れないゲートをくぐった先に俺たちは足を踏み入れていた。

 ここは古都ロームと繋がったポートだ。物資のやりとりのために動くことがほとんどらしい。


「さ、行きましょうか」


 ソマリに連れられて俺たちはポートへと入った。


「ようこそ……ロームへ」


 ソマリの言う通り、ポートの案内担当から始まり、すれ違う全ての人が奇怪な仮面をつけている。髪の色はエルフらしく色鮮やかで、尖った耳は長かったり短かったりする。

 ただ、案内係は俺とそれからソマリを侮蔑するように見たのがなんとなくわかった。やはり、ここでは人間が嫌われる存在だ。


「紹介状、ソマリ・シュバインよ」


「ソマリ……あぁ……ソマリ様」


 入国審査のエルフは微妙な声色でサインをした。そして、ソマリと俺たちは案内係とともに街へ出て歩みを進める。


「お母さん、あれニンゲン?」


「そうよ、見ちゃダメ」


「なんでー?」


「人間なんて下劣で下等な生物。関わるとろくなことがないわ」


「えー!」


 こんな会話がそこかしこで繰り広げられる。ネルの足音は大きく怒っているのが丸分かりだし、エリーは卵を投げてきたエルフに突っかかろうとしていた。


「よせ。無駄だ」


 俺がエリーを引き戻す。肩にべっとりとついた卵を払い落とし、俺はハンカチで拭いた。

 俺たち人間はきっとエルフと人間の間に合った出来事を忘れている。なぜなら人間は死ぬからだ。

 でもエルフはそうじゃない。俺たちの何十倍も生きる彼らは……人間がかつてエルフにしていたことを鮮明に覚えているのだ。忘れることができないのは彼らに取って不利にも有利にも働く。

 この街の憎しみの深さが俺には伝わってくる。

 かつてエルフを人外とみなしひどい扱いをしていた。エルフを標的に狩りを行ったり、エルフの住む場所を焼き払ったりした。

 俺が鑑定士として受けた差別なんかよりもずっと苦しい思いをもっと大きな範囲でもっと長い間このエルフたちは受けてきた。


「俺たちの常識を彼らの常識に当てはめる道理はないだろう」


 俺は深くフードをかぶり、そしてそれをソマリにもお願いした。窮屈そうなシューがはらりと地面へ降り立つ。

 

「にゃにゃ。早く終わらせるにゃ」


「そうだな」


「そういえばなぜネルを?」


「あぁ、その女はかつてこの国を出て極東へ行ったと聞いたわ。おそらく、船から逃げ出したとかそんなことでしょう。だから、スピカたちと同じようにしっかり折り合いをつけておくことが大事だと思ったのよ」


 ネルがどのようにして極東に行き着いたのか俺にはわからなかったが……船か。このロームの技術の無さならありえる話だ。

 そもそもネルが子供の頃……なんていえばかなり昔の話だろうし。


「なんで街から離れるにゃ? お城に向かうんじゃないにゃ」


「あら、S級魔物のくせにそんなことも知らないのかしら」


 ソマリの嫌味にシューが尻尾をイライラとふる。


「かつてエルフは人間たちに阻害され、どこへ逃げたと思って?」


「ダンジョン……か」


「そう。ロームのお城はダンジョンの中にあるのよ」


 ぽっかりと口をあけたダンジョン。

 ポートが建設されていないのはロームの領地にあるダンジョンだからだろう。ロームにはギルドがない。それに、他の国のポートを作ることも許していないんだろう。初めて見た。ポートのないダンジョン。

 それはポッカリと口を開けた穴で……なんというか不気味だ。


「ようこそ、我が城へ」


 ぎょっとした俺の前で案内役が仮面を取った。

 年齢不詳のその女は仮面の下に豪華な額飾りをつけている。真っ赤なルビーはかなり高価だろう。


「お久しゅう。女王さま」


 ソマリが最敬礼をした。

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