第146話 ユートピアの真相(1)
「別に……貴方が妹を好きでもいいんですよ」
不満顔のミーナに俺は言い訳をする。
「あれは、不意打ちみたいなもので俺は誰ともお付き合いしてないし、誰も好きじゃないっすよ」
あぁ……なんで俺が少女みたいな言い訳しているんだか。
彼女くらい居たっていいだろうが。
「そう」
「でも、なんでそんなに姉妹仲が悪いんですか?」
「別に悪くないわよ。よくできた妹を持つと姉は苦しむってだけよ。今では両親もずいぶん丸くなったけど……成績の悪い私と、神童と呼ばれた妹じゃ待遇が変わってしまう。悲しいかなそういうものよ。人間って」
ミーナと同じく、なんだか不機嫌なのはエリーだ。エルフの骨の件でかなりカリカリしているらしく、執務室に入ってきては何やら調べ物をしている。
「まぁ、俺はソマリさんとどうこうってことはないんで」
そんなことはどうでもよくて。
俺たち流通部は【ダルマス商会】について強い調査をしないといけない。保安部と連携を取りながら密入国とそれから禁止された素材の取引きに関してだ。
「で、ダルマス商会についてはわかったのかしら」
「今のところ報告は上がってませんね。親父の話じゃ、普通に鉱石の売買のみらしい。ダルマス商会を騙ってる輩の犯行かもしれませんね」
今まで、洗脳騒ぎや変化の術騒ぎなどがあったわけで……正直なんでもアリな世の中である。俺たちが追っている二人組が関わっている可能性だってあるし。そもそもダルマス商会にいる鑑定士が悪さを働いている可能性もあるわけだ。
「連行するには……スピカをロームに返さなきゃならない」
そう。この件でダルマス商会をギルドが連行したとしよう。そうなるとスピカの密入国が明るみになるだろう。
そうなればスピカと子供達はロームへ強制送還となる。
「それは絶対に避けたいところだ。スピカは家を裏切った身。おそらく、ロームに変えればひどい目に遭うだろう」
ネルが静かに言った。
適切な治療をしたあと、スピカはうちの家に来ることになった。ヒミコの守りはまだ有効だしおそらく誰にもバレない場所で一番安全だからだ。
「ネル。ロームはそんなところなの?」
ミーナは不思議そうな顔で言った。
「それは妹さんに聞けばわかるだろう。少なからずこの国よりは閉鎖的な場所だ。女が幹部につくなど……考えつかないようなとても窮屈な場所だ」
ネルの目は悲しげで俺は何も言えなかった。スピカたちを守りながらダルマス商会をどうにか抑えないと。
「なぜ、ダルマス商会の人間があの子たちを誘拐しようとしたか……わかりますか?」
俺はネルに聞いてみる。
「ローム側でダルマス商会とつながる人間が多くの金銭を払って子供を取り返そうとした。と考えるのが正当ではないだろうか。あの国で男の子の価値は大きいからな」
うーん。確かにあの場所に眠っているスピカを襲わなかったのはなぜか。俺はあの後から兄弟をくろねこ亭に泊まらせてよかったと心から思った。
「男の子か……」
「あぁ、この国の戦士差別よりもひどいだろうな。そもそも、あの国はエルフの故郷から追い出された辺境」
「エルフの故郷って?」
「場所はわからない。だが、私の記憶ではあのロームではない。エルフの故郷はもっと広い森……いや島だった」
エルフという種族の謎は深い。
だが、ネルの言うように古都ロームは我々人間や他の種族と関わりを持つために立てられた都なのではないか。
「エルフが人間を真似て作った都なのだ。本来であればエルフには上も下もない。ゆがんだ慣習と制度を長い時を生きるエルフが使いこなすことはできなかった。人間との戦争を回避するため、エルフが魔物ではない知識をもった平和な種族だと分からせるため……作られた偽善の都市だ」
ネルの話を聞いてエリーはショックを受けたようだった。
「そんな……エルフが差別されることのない街だと」
「そうだ。それは正しい。ただ、エルフ全員が生きやすい場所ではないのだ。無論、人間が入れない場所や店も多い。エルフと人間の立場は逆になってもそこはユートピアではないのだよ」
エリーは肩を落とした。そして
「結局、エルフだって人間と同じなんです。多数か少数かっていうだけで。とにかく、スピカさんたちを守りながらなんとか解決できないかしら」
ミーナが首をひねった。
「それなら、私が話をつけるわ」
ミーナの眉がヒクヒクと動く。部屋に入ってきたのは赤毛の女。ソマリだった。
「貴女に何ができるのかしら」
トゲのある言葉。
「あそこのリーダーには貸しがあるの。それに、これはいい機会だわ」
ソマリはにっこりと笑った。
あぁ……これってまさか。
「ソルトさんとエリーさん。それから、そこのヤブ医者を連れてロームへ行くわ。お姉ちゃん見てて。私はまた貴女を超えてみせる」
ドヤ顔のソマリ。
「そう肩を落とさないでソルトさん。古都ロームにはこの場所にはない知識がたくさんある。流通部として動くことでもっとこの国が豊かになるでしょう。ねっ? だから一緒に行きましょう」
うまく乗せられているような?
「スピカのためだ。ギルド長とそれから……」
「ラクシャ様へは私が話しておくわ」
聞き慣れた声、でもその声をギルドで聞くことはないと思っていた。
——ゾーイ。
「ゾーイ? お前、なんでここに?」
「極東での功績と……あの時、ツクヨミたちからラクシャ様をお守りしたことが評価されてギルドへの出入りを許されたのよ」
それでシャーリャが怒ってたのか。それもそのはず、このゾーイは悪役受付嬢として案内部をめちゃくちゃにしていたし、そっちでの評判はクソほど悪い。
色々やらかしたこともあってギルドからは永久追放になっていたが、極東に良い人材を取られたくないといううちのギルドと、それから新しい女王をたまたまゾーイが守ったことで気に入られたのだろう。
「今は、傷ついた冒険者の傷跡の修復をしながら新しい部の創設を提案しているところ」
ほんと……ゾーイはちゃっかりしてやがる。
「新しい部?」
「ええ、魔動物医師部よ」
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