第88話 TO-FU(2)


「じいや! 今日はお願いがあってまいりました」


 ハクの爺さんは極東の商店が立ち並ぶ一角で豆腐屋をやっていた。水槽のようなものの中にたくさんの豆腐が浮かび、その店はとても清潔で……ザルに入った豆腐はとてもうまそうだ。


「あれ久しいな。コユキ」


「じいや、シノビになったときその名は捨てたのです。お恥ずかしい」


「じゃあ、儂はなんと呼べばいいんじゃ」


「ハクとお呼びください、今の名です」


「そうかい、そうかい」


 じいさんとハクのやりとりを無視して俺は豆腐の製造過程を眺めていた。なんとも不可思議で、なんとも華麗だ。


「外国で豆腐を作る……か。いいねぇ、こりゃそっちでも人気なんか?」


 爺さんはザルに入った豆腐に醤油をかけて俺たちに振舞ってくれた。サングリエやシューはキラキラと輝く笑顔でそれらを頬張っている。


「ええ、極東料理店では人気が高いと聞きます。食事にも甘味にもできますし。それに大豆は体にいいですからね」


 じいさんは「そうかい、そうかい」と言いながら厨房の奥から瓶を取り出してきた。透明な液体が入った瓶だった。


「あっためた豆乳にこれをいれるとね、固まるからね。固まったらそれを型に入れてね、すると豆腐になるよ」


 俺たちは手を洗い、消毒した上で製造過程を手伝わせてもらった。大豆を絞って豆乳をつくり、それから豆腐になるまでの色々をだ。


「この豆乳ってのはそのまま飲んでも美味しいんじゃ、ミルク……までとは行かんが代用品にはなる」


 グラスに入った豆乳は甘くて香り豊かだ。これも加工次第では人気商品になるかもしれない。太りにくいなんて言えばマダムたちはトリコになるだろうし。

 サングリエはかなり真剣に爺さんの話を聞き込んでいる。

 シューは毛が入らないように厨房には入らずに店の外で日向ぼっこをしているようだった。


***


「へぇ……海水から作れるのね。ただ極東から仕入れる方が効率がよさそうね、あとは釜を置ける場所がひつようね」


 サングリエは準備中のくろねこ亭の厨房を見回しながら言った。


「ウツタのアイス厨房の近くはどうだ? そこなら増築できそうだ」


「そうね、じゃあ、そうしましょ。一旦は家の方に運んで……お豆腐作りの練習しないとね」


 俺は爺さんから写させてもらったレシピを眺める。

 豆腐を薄く切って油で揚げると「おあげ」という食べ物になるらしい。その他、豆腐の加工方法や豆乳の加工方法など様々だ。

 こりゃ、すごい。

 俺としては醤油とワサビが一番なんだがなぁ。


「そうだ、今日作ってみようにゃ。ふわふわのお豆腐にするにゃ」


 アイス準備中のウツタが目を輝かせる。わかってるよ、ミソスープな。


「それからそれから……今日は温泉卵がたべたいです」


「わかったよ、仕込んでおく」


 ウツタがにっこりと微笑んであいすくりーむの製造へと向かった。とりあえず子供達にまかないを作ったらギルドへ行かないと。


「ミーナへの土産の豆腐と……これはネルのだな」


「またおまわりさんだ!」


 子供のうちの1人が外を指差していった。おまわりさんってのは保安部の人間だ。ギルドから派遣された組織でこの国の安全を守っている組織だが……


「また冒険者による犯罪かしら」


  サングリエの言う通り、捕まっているのは戦士風の男たち。やけに人数が多い。少しだけ嫌な予感がして俺は目をそらした。

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