第89話 戦士バル(1)


「昨晩も10名捕縛。ですか」


 ミーナは押し付けられた書類を眺めながらため息をついた。

 そう、このところギルド外で冒険者たちが保安部に捕縛される事件が相次いでいるのだ。

 といっても戦士や魔術師など普段から差別的な奴らばかりだし俺たちにとってみりゃ別に屁でもない出来事である。


「俺らには関係ないっすよ。あの寄生虫事件から戦士たちの風当たりは強いし、ほんと何様なんだって感じだし」


 ミーナは短く「そうですね」と言いながらも書類に目を通す。


「戦士たちはあの寄生虫事件が起きるまで、地位を上げ続ける鑑定士にフラストレーションを感じていたのかもしれません。組織とはそういうものです」


 エリーは俺の好きな焼き菓子を用意してくれていた。彼女の気遣いに感謝だ。


「で、なんでそんな事件流通部が処理するんですか」


「押し付けられたんですよ。戦士たちの証言から」


「証言ですか?」


「戦士たちが深しげな証言をしているの。ドラッグスムージーに似ていることから私たちに回ってきたってわけ」


 ミーナの深いため息に、エリーは苦笑いをする。俺もつられて苦笑いをした。


「じゃあ俺がサクッと飲み屋いってきますよ。きっと店主は気がつかずに提供してるはずです」


 俺はミーナのデスクに置かれた書類を手にとって読んでみる。


【幻覚症状あり 興奮状態で鎮圧が難しい】

【鎮静剤を投与し数日で通常に戻る】

【互いに殺しあう姿が目撃されており、なんらかの幻覚剤を盛られたと考えられるが、戦士同士の喧嘩なので真相は不明】


「なにが、ぜひ意見を求む……だよ」


 戦士部が解決すりゃいい話だろ。

 素直に俺や親父に頭下げるのが嫌だから遠回しなことしやがって。


「私も一緒に行きましょうか?」


 エリーの申し出は断ることにした。

 正直、女ばかりに囲まれてゆっくり酒を飲む暇もなかったし、この機会にゆっくりしてもいいだろう。

 仕方ないから魔術師風のローブでもシャーリャから借りて、しっぽり飲みにでも行こう。


「シュー、行くか」


「にゃあ」


***


 賑わいを見せる飲食店街は冒険者であふれている。ダンジョン帰りはやっぱり酒。しょっぱい食いもんを流し込むように酒を飲んで酔えばたちまち良い気分になれるのだ。


「おっ、お客さん1人もんかい?」


「あぁ、雇われの魔術師さ。ワインを」


 カウンターの一番奥に座って俺は雰囲気たっぷりにワインを注文、チーズと肉も追加した。

 シューが膝の上で丸くなり、俺のローブでうまいこと隠れている。


「いいワインだな、どこのだい?」


「これかい? 郊外で農場をやっている鑑定士の果樹園さ。えっとソルト……とか言ったっけな? 売り込みに来る女の子がかわいくてね。つい買ってみたら評判なんだ」


 俺は思わず吹き出しそうになった。

 サングリエのやつ……なかなかやるな。


「ほお、鑑定士か」


「あんちゃんも嫌いかい? 鑑定士は」


「いいや、俺は差別はしない主義なんでね。よく世話になってるよ」


 軽く流しつつ店の雰囲気を探る。

 昨日逮捕者が出たにしちゃ、落ち着いてやがるな。


「アンタみたいな客ばかりならいいんだけどねぇ」


 ワイングラスを磨きながらマスターは言った。客商売なんてそんなもんだ。くろねこ亭でもたまーに変な客はいる。おっさんかフィオーネが追い払っているし、ほとんどの場合は問題ない。


 ワインを飲み、チーズをちぎってこっそりローブの中にいるシューに食わせる。あぁ、なんて最高の時間。至福。


「おぉい! 来てやったぞ」


 ぞろぞろと入って来る集団。横柄で大きな声の見るからに「戦士」。

 立ち飲みのテーブル席を勝手に占領してウェイトレスを呼びつける。女の子に散々セクハラした挙句大騒ぎ、ほんと厄介な連中だ。


「大丈夫っすか?」


 ウェイトレスは俺に愛想笑いして厨房へと入っていった。かわりにマスターが酒や料理を運んでいる。

 俺はワインをちびちびやりながら偵察する。この店じゃ起きそうにないな。


「マスター、お勘定」


「ちょっと待ってくださいね、これ、運んじゃいますから」


「おい、おせーぞ! じじい! 女が運んだ酒じゃねぇと不味いんだよ!」


 ばしゃん!

 水をぶっかけられたマスターは「申し訳ありません」と頭を下げた。

 俺は思わず戦士たちの方へと割って入ろうとした、その時だった。


「魔物め! ぶっころしてやる!」


 1人の戦士が剣を抜いた。そしてもう1人の戦士を斬りつける。その連鎖は瞬く間に広まっていき、店の外での大乱闘。

 

「そこの魔術師さん! 危ないですよ!」


 マスターに言われて俺は店の奥へと避難する。戦士たちを取り押さえるための保安部が到着するまで俺は厨房でウェイトレスの子と身を震わせて怖がるふりをしていた。

 シューは厨房の裏口から外へ、ミーナたちを呼びに行っている。


「さて、原因探しといきますか」


 俺は保安部が来たことを確認し、店内へと戻ると保安部の責任者に事情を説明しギルドのネームプレートを見せた。


「俺はギルド流通部特別顧問のソルトだ。此度の事件を担当することになっている。皆、俺の指示にしたがってくれ」

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