第86話 太っ腹(2)
「シャーリャ……頼みがあるんだ」
俺はギルドの受付、シャーリャに声をかけた。シャーリャは相変わらず忙しそうだったが笑顔を向けてくれる。
ちょっと垢抜けたか?
「ううっ!」
回復術師のような女が俺の隣の受付で嘔吐した。受付嬢たちから悲鳴があがる。回復術師の女は嘔吐しただけでなく床に転がって腹を抑え、のたうち回っている。
「おい! 大丈夫か! 誰か、医師を!」
「お腹が……さけっ……」
ぐぐぐっと肉をおし拡げる嫌な音と共に回復術師が目を見開いた。
「離れろ!」
助けてくれとすがる回復術師を突き放して俺は剣を抜いた。
シャーリャが悲鳴をあげ、戦士たちが到着する。
「何してる!」
俺に怒鳴りつける戦士に俺は怒鳴り返す。
「あいつの腹に魔物がいる! 離れろ!」
その時、気味の悪い音とともに回復術師の腹が裂けどろりと例の魔物が現れた。戦士たちはぐっと剣を構え、魔物と対峙する。
「ソルトさんっ!」
シャーリャに呼ばれて俺はカウンターの中へと入った。
「あの人はさっき戻ってきた迷宮捜索人のメンバーだろ?」
シャーリャの横にいた受付嬢な頷く。
「他に生存者は! その迷宮捜索人のメンバー全員すぐに集めないと……」
俺が気がついたときには遅かった。ギルドやギルドの外で悲鳴が聞こえ、戦士たちが駆け回り、遺体回収に医師たちが走り回る羽目になった。
「これは……やっかいなことになるぞ」
俺はシャーリャに頼み事をしてから鑑定士部へと向かった。
***
「ほお、迷宮捜索人たちの腹の中に魔物がいた……ってか」
親父はタバコをふかしながら言った。
「あぁ、最初は死体の中に仕込まれたもんだと思ってたが生きている人間の腹からも産まれたことからその可能性は消えた」
俺は一度だけあの魔物を見たことがある。
タケルと冒険していたとき、死んだ魔物の腹から魔物が出てきてけがをした。思い出せ、どんな魔物で……そいつは何を食った?」
「こりゃ寄生虫の類だな」
親父が魔物の死骸を見ながら言った。寄生虫か。
「生き残りは、いねぇんだもんな」
「生き残りがいない……か」
親父はずずずっと音を立てて熱い茶を飲んだ。迷宮捜索人といえばS級以上の冒険者ばかりの集団。
寄生虫なんかにひっかかるとは考えにくい。
しかも先陣だけでなく待機組までだ。全員が全員死ぬことなんてありえるんだろうか。
「迷宮捜索人ってのは死ぬ。けど、これは異常だな」
親父が資料に目を通しながら言う。
「なんかに混ざってたか、それとも新種の寄生虫か」
親父の推論はおそらく正しい。ただ、この迷宮捜索人に帯同していた鑑定士は俺も知っている優秀な男だった。彼は寄生虫ではなく先陣と同じモンスターにやられたが……。あいつが失敗するとは思えなかった。
「全員死んじまってるなら聞きようがねぇしなぁ」
「可能性があるとすれば、食事か。そうか、第二部隊が持ってきた荷物!」
俺と親父は例の迷宮捜索人たちが持ち帰った荷物を研究部から奪い返して徹底的に調べることにした。
ぽかんと口を開けるヴァネッサを無視して、俺はざっと袋に入ったコメを机に広げた。
「これだ……」
少しだけ濁った米粒。光に透かして見ると小さな胎児のような形が見える。これはコメに寄生するダニの一種で長い間生のコメを放置しているとこの寄生虫の卵が寄生することがある。
迷宮捜索人は長い間旅をする。だから各地で確保した食料を鑑定士や薬師、第二部隊のものが運んでやりくりをする。
普段、俺たちは小麦を食べることが多く、そもそも小麦だって滅多に食べなかったが……極東との交流が進みこの便利な「コメ」という穀物を好むようになった。
「鑑定士はダンジョンの中に自生しているものを食うときは気を使うが、自分たちがダンジョンの外で買ったものには目がいかなかったってことか」
ダンジョンの中を歩く中でこのコメに寄生虫の卵が付着した。そして生のコメを宿主として誰かが飲み込むのをじっと待っていたのだ。
親父は「不出来なのは間違いないな」と言ったが……俺の仮説であれば第二部隊まで全員が死亡したのも納得がいった。ダンジョンへ入る前に食事をとり、この寄生虫を摂取した。人間の胃の中で養分を蓄えた寄生虫は孵化しそして成長する。人間が食った食べ物を胃の中で奪いそして……
「腹を突き破った」
俺は寄生虫が入ったコメを潰した。
「鑑定士の怠慢です」
俺の言葉にヴァネッサが短く「そうかもな」と言った。
食物を持ち歩くなら必ず入れておかねばいけない知識だ。この寄生虫は最上級ダンジョンで稀に見られるし、食べ物は火を通せば安全になるとは限らない。
鑑定士としてあるまじき怠慢だ。
「報告書を、俺がなんとか上には説明するからよ」
親父は研究部を後にした。
俺は寄生虫の種類や行動についてヴァネッサに説明した後コメは研究材料にと寄付をした。
「バカ鑑定士のせいで迷宮捜索人が1チーム全滅した」
そんな噂が瞬く間にギルド内に広まっていった。
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