第85話 太っ腹(1)
魔物小屋が完成したのはそれから少し経ってのことだった。ヴァネッサがなぜ、この卵を俺たちに預けたかと言えばそれは彼女が
「大のイヌ好き」
だったからだ。どうしても可愛いワンコを研究材料にはしたくないとかいうとてつもない私情である。
それが許されるのかどうかはともかくとして、土地が広がったのはとてもありがたいことだ。少しばかり果樹園を広げ、それから魔物小屋の土地の区画に薬草も植え始めた。
ゾーイが戻ってきたときに役に立てるようになるんだと意気込んでいたリアの仕業だ。
「コボルトの最上位のたまご……か」
「
それは迷信ではあるがあまり好まれない魔物だ。でも、強さは折り紙つきだし、俺としては男の仲間ができればもっと嬉しい。
「そうだ、たまごの具合はどうですか?」
ミーナはお気に入りの「玉露」という緑茶を飲みながら言った。あの後極東から感謝の意を込めた贈り物が俺宛に届いた。とても美味しいお茶や乾物、極東の料理を作るために必須の「出汁」を取るためのものなど本当に驚くものばかりだった。
「順調ですよ。クシナダが研究部の仕事の一環として育成をしてくれていますし。まぁ、でかいイヌが出てきたらなんとかします」
変異種のでかい化け物イヌが出てきたらヴァネッサに突き返すつもりだ。まぁ、おそらくは人狼が出てくるんだろうけど。
「くろねこ亭のおまんじゅう、すごくこのお茶に相性がいいみたい。緑茶って健康にもいいようだし……流通部で企画でも考えてもっと広く展開しましょうか。あら、なんだか医師部が騒がしいようね」
ミーナは窓の外を優雅に眺めた。そしてすぐに湯のみをデスクに置くと立ち上がり、「すぐに中庭へ」と俺に言った。
ミーナに言われるがまま剣を手に立ち上がった俺は中庭を除く。
「なんだ……あれ」
一匹の魔物が倒れた冒険者のはらわたを食らっていた。
なぜ、ギルドに魔物が?
そして冒険者が死んでいる?
***
「おい! どけ! 鑑定士ごとぎが!」
俺は駆けつけた戦士にすっ飛ばされて、盛大に転んだ。それを起こしてくれたのは医師部幹部であるネル・アマツカゼだった。
「どうしたのです、答えなさい」
ネルは俺を立たせると、冒険者を運んでいた医師たちに詰め寄った。医師の女性はブルブルと震えながら小さな声で言った。
「し、死体を司法解剖室へ運ぼうとしたら……腹から……魔物が腹を突き破って出てきて……それで遺体を食い始めたんです」
——グギャァァァ
戦士が魔物にとどめを刺した。
「離れろ!」
怒鳴ったのはネルだ。
「特殊な魔物である可能性が高い。傷は負ったか? 今すぐ医師とともに体の洗浄を……」
きょとん顔の戦士は医師にひきづられるようにして連れて行かれた。ただ、ネルの考えは間違っていると俺は思う。
「魔物の卵を食ったか、それとも……」
俺は独り言を言いながら食われていた遺体を眺める。腹を突き破られたようだが既に死んでいたようで血が流れ出しているわけではない。
いや、魔物の卵を食ったとしても人間の消化液でだいたいは死ぬ。
そもそも魔物の卵を丸呑みにするバカはいないだろう。
香りに異常はない。
洗脳薬を使って無理やり飲み込ませたかと思ったがそれも違うらしい。
「魔物を見せてもらえませんか」
「危険だ」
ネルが俺の前に立ちはだかる。
魔物の大きさは猫ほどでそう大きくはない。水っぽい体で戦士に斬られたせいで体液のほとんどが流れ出していた。
「この魔物……どっかで」
記憶は定かではないが、一度だけ見たことがある。
「きゃあ!」
少し離れた場所で悲鳴。
俺たちは急いで向かう、そこには……
「下がって!」
俺は剣を抜き、あの魔物を切る。弱いのですぐに魔物は死んだが、遺体の腹は避け、担当していた医師は怪我をしている。
「ネルさん! 戦士部に連絡を! 今搬送されてきた遺体……迷宮捜索人ですよね? おそらく全ての死体にこれがいます!」
言い終わるか言い終わらないかでまた悲鳴が聞こえ、魔物の鳴き声がギルドに響く。
「くっそ! とりあえず全部倒してからだ!」
駆けつけた戦士たちに魔物の討伐は任せ、俺はシャーリャの元へと向かった。
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