第26話 受付嬢ゾーイ(3)


「えーん! なんで私が鑑定士なのよー!」


 ゾーイは文句を垂れながらも屠殺場で仕事をしなくて済むのが嬉しいようだ。こいつはなんでも憎まれ口を叩いてしまう性分らしい。


 彼女の天職は「医師」

 だが、努力不足かそもそも医師を目指してなかったか……詳しいことはわからない。ただ、医師の天職を持つ以上「嗅覚」以外は鑑定士にも向いていると言えるだろう。

 もしかすると……知識や記憶力は鑑定士よりも優れている可能性だってある。


「ゾーイ。あなたは大変なことをしでかしたのよ。いい、立派な鑑定士さんの下で修行をして戻ってきなさい」


 ゾーイの前で腕を組んでいる綺麗なお姉さんは彼女の姉でリッケルマン家の当主のマリアである。同じような顔なのになぜこうも違うのか……。


「貴方は医師にも……薬師にすらなれなかった我が家系の恥。これ以上家の名前を汚さないで」


 医師は回復術師とは違ってもっと物理的に治療をする人たちのことだ。回復術師が突貫的に魔法で傷を塞ぐのに対して、医師は傷をつなぎ合わせ美しく修復する。

 医師の手にかかれば腹のなかにできた病ですら治ることもあるのだ。

 そんな医師のサポートを薬でするのが薬師である。


 医師と薬師の関係は、戦士と鑑定士の関係に似ているとミーナが言っていたのを思い出した。

 正直どちらも冒険者とはあまり関わりがないため俺にはわからない。

 もしかすると、このゾーイがひねくれた理由がそんなところにあるのかもしれないなと思う。


「医師の家系なら鑑定士の仕事の初歩くらいは覚えられるはず。それもできないなら勘当ですからね」


 ゾーイは「えーん」と泣いたままで、高そうな服をきたマリアは俺の方へと寄ってくる。すごく綺麗で、洗練された……なんというか王族みたいな雰囲気だ。


「あの子がおかけしたご迷惑をかえりみず……助けてくださったそうですね。ありがとう。妹は……あんな性格ですが性根は子供なだけ。どうかよろしくお願いします」


 俺の手を両手で握って、マリアは頭を下げた。姫薔薇の良い香りが俺の鼻をかすめる。びっくりするほど綺麗で、彼女の瞳はどんな宝石にもかなわないくらいの輝きを放っているかのようだった。


「ええ。ご了承いただけて幸いです」


 俺はお世辞を言う。

 本当は記憶を消されて家に戻り、どっかの医師と結婚して生きていく方がゾーイにとって楽だったろう。幸せだったろう。

 でも、死んだ元仲間やトラウマを負ったリアをそっちのけにしてゾーイだけ幸せにさせるわけには行かなかったのだ。

 こんな邪な気持ちで彼女を受け入れたとは口が裂けても言えない。


「それでは、ご足労いただきありがとうございました」


 ミーナはマリアを馬車の方へとエスコートする。


「元薬師がずいぶんなお立場ね」


「まぐれですよ」


「そう」


 女同士の恐ろしい会話。聞かなかったことにしよう……。


***


「私、任された仕事はちゃんとやるわ。もう、死ぬところ見なくていいんだし」


 屠殺場。彼女がいた豚小屋は食肉や加工皮製品のために繁殖させた生き物が飼育されている場所だ。

 彼女はその飼育担当。

 可愛がっていた動物たちが殺されてしまう運命にあることを分かりながら働くことはかなりきつかったはずだ。


「牧場の方の管理を頼むよ」


「鑑定士の勉強なんて私にかかれば余裕よ。すぐに独り立ちしてやるわ」


 憎まれ口を叩きながらも彼女は初めて俺に向かって笑顔を向けた。

 こうしてみんなコイツの毒牙に引っかかるんだろうな。


「俺を騙そうたってそうはいかないぞ。お前の本性は知ってるし、お前には散々な目に遭わされたんだから」


「私は鑑定士なんか興味ないから安心なさい。なによ、自惚れちゃって」


 ったく。やっぱ受け入れるんじゃなかった。

 これから散々こき使ってやる!


「帰ったぞー」


 農場の入り口で声をかける。みんな仕事をしているだろうし、シューは家の中で寝ているはずだ。

 みんなどこ行った? やけにおそ……


——べちゃっ


 俺の顔のすぐ横を何か茶色い塊が通り抜けた。

 驚いたが残り香ですぐにそれが牛糞が固められたものだと理解する。


「出て行けっ! 疫病神! あばずれっ!」


 リアが両手いっぱいに牛糞爆弾を持って大声を出している。牛糞はゾーイの顔面を直撃、頭から足の先まで牛糞まみれだ。


「へへっ、シューさんたちと一緒にみんなで捏ねたんです」


 コイツら、俺がギルドにいる間……牛糞捏ねてたの??


「えっと……コイツを連れてきたのは訳があってだな……」


 リアはきょとんとした顔で俺を見つめる。シューは察したのか呆れかえって牛糞を置いた。


「また、ソルトのスーパーお人好しが発症したにゃ」


——べちゃっ


「ソルトさんのばかっ! ひどいっ!」


 リアの手から放たれた牛糞爆弾が俺の顔に命中。臭さと嫌な味が広がって思わず吐きそうになる。

 ああ、しばらくのんびり農場ライフとはいかないようだ。


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