第23話 牧場が欲しい!(2)
「なぜ、ミーナさんが?」
俺の顔が引きつっていることくらい俺でもわかる。ミーナがそれをみて悲しそうな顔をするからだ。
「ダメだったかしら」
「いえ、とりあえず中へどうぞ。お茶でも」
俺は子犬をリアに渡してミーナを家へと招き入れた。ミーナはブーツについた泥丁寧に落としてから家に上がると「お構いなく」と言った。
この女はどんな面倒事を持って来たんだろう?
と思いながら、一番いい紅茶を入れてうちの小麦で作ったクッキーを皿に乗せた。
姉がいればこんな感じなんだろうか。圧がすごい。綺麗だし好みのはずなのに彼女の圧の強さに男を出せずにいるのが今の状態である。
「実はね、お願いがあって来たの」
あー、来た。そのパターン。
「すみません、今忙しくて」
「ふふふ、牧場?」
なんだその意味深な笑いは。やめてくれほんと。ほっといてくれ。
「ええ、新しい生活を始めようかと。農場の方も順調ですし金は多くても困らないですから」
「そうね」
ふっくらした唇が紅茶で濡れている。うちの家にはない色気に俺はクラクラしそうだった。美人で賢くて、しかもギルド幹部だなんて相当なやり手。こんな人が奥さんならきっと大変なんだろうな。
「単刀直入に言います。ギルドの流通部、私の顧問になってくれないかしら」
「は?」
偉い人相手だというのに失礼な返答が出た。
ミーナは愛想笑いをしながらも嫌味な咳払いをする。
「ギルドには不満も多いでしょう。あなたにした仕打ちはとてもひどいものでした。もちろん、鑑定士に対してもです」
ミーナは座ったままであるが頭を下げた。
「ご存知でしょう。ドラッグ・スムージーの件から戦士をターゲットとした犯罪が相次いでいるのです」
——邪魔するな、同胞
あの酒場で俺にかけられた言葉が脳内で反響した。もしも、幻想にトリップさせる飲み物ではなく飲んだ者を中毒で再起不能にするためのものだったとしたら……?
檻の中で床にこぼれたスムージーをべちゃべちゃと舐める戦士の姿が脳裏に浮かぶ。
鑑定士の考えそうなこと……なのかもしれないな。
「戦士を……ですか。それが鑑定士による事件だと?」
「いえ、断定したわけではありません。あなたから伺った情報と被害者の数からしてその可能性が高いだけですから」
顧問……か。
出世したもんだぜ。
「俺は引退した身です。ここであいつらとゆっくり暮らすことが残りの人生の幸せだと思ってます。俺の弟子のリアでよければいつでも貸しますよ」
あいつは俺より優秀ですから。
そんな風に本人の前では絶対に言わないが、事実である。知識量・記憶量でいえばリアの方が断然上だ。
俺は万能型。冒険者に憧れて鍛錬に時間を裂いた結果、鑑定士として勉強する時間を失ったのだ。
「ちょっとひねくれてるくらいがいいんですよ」
ぶっ!
思わずお茶を吹き出す俺、ミーナはケタケタと笑う。
なんちゅー失礼なことを言うんだよ。
「戦士に恨みを持つ貴方は……きっと彼らの気持ちが読めるかと思って」
いい加減、静かに生活がしたい。
でも……
俺は窓の外、みんなと楽しそうにしているリアを見て、彼女のような鑑定士が風評被害に合うかもしれないと思った。
戦士との殺し合いになれば俺たちは到底かなわない。ギルドだって鑑定士よりもモンスターを討伐できる戦士を優先するだろう。
そうすれば俺たち鑑定士の地位はさらに落ち、生きていけなくなるかもしれない。もっとひどい差別に苦しむかもしれない。
あー! 何正義感働かせてんだ俺!
「受けてくれますね、ソルト」
「
ミーナは目を丸くして言葉を失っている。
俺が金銭を要求しなかったから?
それともコイツ……絹羊を知らないのか?
「1ヶ月。それで解決できないなら俺は顧問をやめる。ギルドなんてのに通うのは嫌だし、ほかの天職を助ける義理もないんだからな」
「ありがとう、ソルト」
ミーナは何を思ったか立ち上がると俺の方へ歩み寄り、膝を曲げるようにして屈むと俺の前髪をかきあげて額に唇を押し当てた。
あまりに突然のことで顔から火が出そうなほど恥ずかしくなり思わず叫んでしまった。
「わっ?!」
「では、2日後までに動物たちは用意しましょう。それまでに設備を整えておいてね」
ミーナはそよ風のようにそっと家を出て行った。
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