第11話 俺の農場(1)

 翌日、農場に向かってみるとかなり立派な農場小屋とふかふかの土の畑が広がっていて俺は感動した。残飯を一晩中運んでいたらしいフィオーネは小屋の軒下で寝入っていた。


(完全に忘れてた……)


「家財やら生活用品やらを買い込んで来たが……かなり十分だな」


 引っ越し屋に家財の運び込みをお願いし、俺は畑へと向かった。昨日まではぽっこりとくぼんでしまいヘドロがたまっていた畑は腐葉土が盛り上がったふかふかの立派な姿になっている。

 ちょっと耕して整えてやればすぐにでもタネを植えられるだろう。


「おっ、こっちも芽が出てるな」


 仮池(まだ名前はない)に植えた沼花も見事可愛い双葉が顔を出している。水中に根が張れているかどうか確認して、残念ながらタネが死んでいるものは回収してポケットにしまった。

 あとで暖炉に放り込んでしまおう。


「ふあああ……ソルトさん! 次の仕事はなんでしょうか!」


 なんだこのバカ女戦士は……。自分が大切にされてないことに気がついていないのか?

 なんか申し訳なくなってきたぜ。


「荷物、もってこい」


「何の荷物ですか?」


「お前はこの農場の用心棒だろ?どこに住む気なんだ?」


「はっ!」


 何か思い出したようにフィオーネは目を見開いて俺にお辞儀すると街の方へと駆けて行った。

 ほんと、慌ただしいやつ。


「ソルトー? だいたいのものが運び終わったにゃ」


 引っ越し屋たちに金銭を支払い、俺は自分が買った家に足を踏み入れた。


「ああ、なんて素晴らしい……」


 一番安い大工だったがかなりいい仕事をしてくれた。ボロボロの用具入れのような小屋は一度解体され、大人4人ほどが住むには十分な家屋へと変貌していた。1階部分には暖炉、台所もかなりの広さだ。

 2階には部屋が4つあり、広さはないもののベッドと机が置ける十分なスペースである。

 便所と風呂場は小屋から少し離れた場所に作られていて、井戸や農業用水路のすぐそばなので勝手がよさそうだ。


「あまった木材で農具小屋と薪小屋も作ったんす。サービスですよぉ」


 シューにメロメロな大工が鼻の下を伸ばしている。ナイス!

 結構しっかりした農具小屋は倉庫にもできそうで、しばらくの間はここにタネをしまっておくのもよさそうだ。

 薪小屋は正直計算外だった。ありがとう!


「うーん! 期待大! 夢にまで見たスローライフ!」


***


 結局、生活必需品やら当面の食料やらを農場に運ぶだけで1日を費やしてしまった。だが、ふかふかのソファーやピカピカの料理道具、外には薪小屋があっていつでも暖炉に薪が補充できる。

 井戸の水は水路とは別で山の雪解け水が地下水となって流れているようで非常に質がいい。井戸水を使えば栽培できる植物もありそうだしなんだか楽しみだ。


「じゃあ、作業にとりかかるにゃ」


 シューはバッグの中から小さな筆を取り出して外へと向かった。あれはトラップ作成用だ。農場の四方に魔法陣を描いてモンスターの侵入や許可のない人間の侵入を拒み、俺たちに危険を知らせる便利魔法だ。


 ダンジョンではA級以上の知能モンスターがこのようなトラップで冒険者たちを感知したり、宝物を冒険者から守ったりする。

 無論、S級魔物であるシューには造作もないことなのだ。


「一旦はここだけでいいかな」


 シューはちゃっちゃと魔法陣を書き終えて、暖炉の前へと戻って来た。まだ住み慣れてはいないが、居心地がいい。


乳牛ミルクカウを捕獲にいくにゃ」


 乳牛ミルクカウってのはその名の通りミルクを量産してくれる草食の益獣である。普通、ミルクを手に入れるにはダンジョンに潜って乳牛ミルクカウに催眠魔法をかけてミルクを絞る。

 もちろん、戦士なんかが乳牛ミルクカウを殺してミルクだけでなく肉も手に入れることも可能だが……


「牧場じゃないんだから、飼うのは無理だぞ」


「にゃ〜」


 不満そうに足をばたつかせるシュー。確かに、乳牛ミルクカウが一頭いれば、チーズもバターも作れるし毎朝美味しいミルクが飲める。

 ミルク好きのシューの願いも叶えてやりたい。とはいえ、牧場となればこの畑1エーケにプラスしてもう1……いや2エーケは必要だろう。

 そもそも、乳牛ミルクカウの好む牧草をダンジョンから大量に仕入れて繁殖させる必要があるし、そんな広さの牧場を黒字経営するならもっと様々な益獣を飼育しないといけない。


「ま、とにかくタネ集めからだな」


「肉花! 塩草! あとは……サケ蔓!」


 シューのおっさんくさい好みは置いといて、今市場でどんなものが売れてるのか……いや、そもそもこの規模なら自給自足で問題ないんじゃないか?


「にいちゃん! にいちゃん!」


 家の外で俺を呼ぶ声。聞き覚えのある声だが妙に焦っているように感じる。

 せっかく手に入れたのんびり生活、初日からトラブルに巻き込まれそうな予感がしてならなかった。

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