第10話 沼の花(3)
「ニイちゃん遅いじゃんか」
「もうおわっちゃったよ〜」
俺たちが農地に着く頃にはもう沼の水は全て無くなっていた。底にたまっていたヘドロが顔をだしている。
思った通り、ヘドロのほとんどはもともと畑の土だったもの。腐ってはいるが毒素はない。
「なに? かわいい!」
ガキンチョたちがキャアキャアと騒ぐ。
「わっ、ひっぱったらいけませんっ! こらっ! ああっ!」
フィオーネが抱えていたケージの扉が開き、一斉に土モグラたちがヘドロに飛び込んだ。子供達が土モグラを捕まえようと走り回る。
その隙に俺は集まった沼花のタネを持って大工たちの元へ向かった。小屋はまだ完成前で骨組みができたところ、仮池の方はすでに完成していた。
「おぉ、早かったじゃねぇか。ガキどもが捕まえた魚。俺らも昼飯にもらったぜぃ」
「おぅ、完成までどんくらいだ?」
「明日中には完成だ。廃材を運び出せればもっと早く仕上がるぜ」
とっておきの人材を雇ったばかりだ。
「フィオーネ!」
泥だらけの彼女に廃材を街の廃材置き場まで持っていくように指示すると、彼女は嬉しそうに駆けて行った。単純バカはほんと扱いやすくていい。
一方でシューの方はガキどもにペクスを分配していた。
「ねえちゃんまたきてもいい?」
「だめ」
「なんでー!」
「うるさいのは嫌い」
「静かにするから〜!」
「だめ」
ブー! とブーイングをくらいながらもシューは眉ひとつ動かさない。シューは子供が嫌いなのだ。
子供達の行列が徐々に短くなる。俺はピチピチとまだ動いている魚を拾い上げて水路の方へ投げた。
資産で言えば3分の2をこの農場のために使った。残りは生活必需品とちょっとの娯楽でなくなるだろう。
一流冒険者になるために頑張った10年近く……帰ってきたのはド三流立地の農場とモンスターを倒せない三流戦士……。
鑑定士にしちゃそこそこか?
いや、俺がなりたかったのはガキの憧れになれるヒーローみたいな冒険者だった。
「にいちゃん、にいちゃん」
「なんだ、クソガキ」
「畑、手伝わせてよ。1日50ペクスでいいから! 昼飯はまかないな」
俺が最初に声をかけたガキ大将はたくましくも自分を売り込んできやがった。貧民街のガキはなんてたって逞しい。
「だめだ。必要になったらまた声かける」
「ちぇっ」
「盗みに来たらぶっ飛ばすからな」
「へーんだ。鑑定士のひょろひょろに殴られたって痛くもかゆくもないやーい」
こんのクソガキッ! げんこつするふりをするとガキ大将は「じゃあまたな〜」と言いながら走り去って行った。
ったく、こっちはこれからタネを蒔くんだっての。
俺は沼花のタネを持って仮池に向かった。農業水路から引いた新鮮な水が溜まった池には「食べられない魚」が放流されていた。
あいつらちゃっかり魚の選別まで行っていたようだ。
綺麗な水面にそっと黒くて大きなタネを浮かべる。
この植物は育て方さえ間違えなければ沼を作ったりしないのだ。まぁ、バカなやつがいたおかげで俺はこの土地を手に入れられたんだけどな。
タネがふわりと浮かぶ。綺麗な水に満足したのか水泡を出さなくなる。
うまくいけば明日の朝までには芽が出て、1週間程度で花が咲き、さらに1週間ほどで果実が実るだろう。
あの果実で作った酒が美味いので親父に協力してもらって酒を生産するのもありだ。
「ねぇ、そこに暖炉つくれにゃい?」
シューと大工がもめていた。シューとしては譲れない暖炉の位置。ただ煙突の場所を考えると設計図通りに作らないとおかしなことになってしまう。
「いや、ならここは……?」
「うむ、そこならなんとか」
「ソルトさーーーん! 何かお仕事はありませんか!」
あぁ、うるさいのが帰って来た。もう廃材を運び終わったのか鎧にススをたっぷりつけて息を切らしている。
「ああ、じゃあ食堂を回って残飯をかき集めてくれ。集まったら畑に撒いて土モグラに腐葉土を作ってもらおう」
女に頼むにはかなり無茶な仕事だが、フィオーネは嬉しそうに頷くと一番でかいバケツを3つも持って走って行った。
そんなこんなでやっとこさ、俺の理想の環境が整いはじめていた。
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