第16話 たちがわるい

 全速力で階段を駆け下りても息が切れることはなく、

「お兄ちゃん、だれ」

 目の前にいるのは子供。表情はない。化けきれていないのか、頭にたぬきの耳、尻にたぬきの尻尾。

「たぬきか」

「だれ」

「実は俺もたぬきなんだ」

 そう言った途端、無表情だった子供の顔がぱあと明るくなった。

「お兄ちゃんたぬきなの!? 全然わからなかった! 化けるのじょうずだね!」

 む、と俺。子供は目を輝かせてこちらを見ている。

「……見たところ一人のようだが、大丈夫か?」

「……」

 再び無表情になる子供。

「あ、すまん……悪いことを聞いたか」

「お母さんは死んじゃった」

 お母さん「は」? じゃあお父さんは生きているのか? そう訊きたかったが、訊いて傷をこじ開けるのもよくないと思い、そうか、とだけ言う。

「悲しいよ、お兄ちゃん」

「そうか……」

「お母さんはずっと僕に怒ってたけど、でも、お母さんはいい獣なの」

 ちくり、と胸に棘が刺さったような痛み。俺は再びそうか、と言う。

「世界が無になって、僕もそのうち消えちゃうんだ、怖いよお兄ちゃん」

「世界が無になる?」

「お母さんが死ぬ前にそう言ってたの、お母さんが消えちゃった丘におはな持って行きたかったけど、高くて取れなくて」

「花が高いところにあるのか?」

「村はずれの教会の壁に生えてるの……お母さん、好きだったからあげたくて」

 うーん、俺の背で取れるだろうか。

 たぬきが化けるヒト型は基本的に固定だ。そのたぬきの精神が反映されてるとか何とか習った覚えがある。俺の姿は成人男性に交じると標準的な背の高さなはずだが、それで届くか。子供よりはずっと背が高いけれども……

「こっち」

 子供がたたたと駆けだす。俺は慌ててその後を追った。

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