第10話 こどものころは



『どうしてここにいるの?』

『存在自体が罪なんだよ』

『あんたはほんとにできそこないね』

『たぬきの面汚し』

 里に馴染めなかった。できないたぬき。どうしてできないのか、どうして怒られるのか、悪いところ探しを必死でやった。

 理由はいくつも見つかった。

 うまく喋れないから。暗いから。表情がないから。すぐ疲れるから。起きられないから。眠りが長いから。勉強ができないから。運動ができないから。

 いくつだって見つかるのに、本当の理由はわからない。

 いつも一匹。師もできず、友人もできず、親にも毎日罵られ、出会った獣全てに嫌われる。そんなたぬき。


『変わった人って言われない?』

『ユニークで面白いね』

『もうちょっと周囲に合わせる努力をした方がいいよ』

『合わせる努力をしないってことは結局周囲なんてどうでもいいってことじゃない?』

 ヒト社会にも馴染めなかった。計画が立てられない。仕事がこなせない。自信もない。できない人間。

 ヒトなんか大したことないと思っていた、でも怖かった。変わっていると言われるのが、できない奴だと思われるのが、怖かった。まるっきり違う生き物なのに、ヒトをも尊重し配慮してしまう俺自身の性格を何より憎んだ。

 いつも一人。

 でも大丈夫、できなくたって化かしきれる、今は駄目でも、いつか立派なたぬきとしてヒトを化かしきって、里に帰るんだ。

 そう思っていた。


『君、明日から来なくていいから』

『どうしてですか? 俺はこれまで一生懸命、』

『閉めるんだよ、部署。こんな情勢でやっていけるわけないだろ。事業を縮小して再出発だ』

『そんな、あまりにも急すぎる』

『30日前にちゃんと言ったはずだよ。情勢が厳しくなってきたら君達のクビを切る可能性があるって。文句があるなら労基署に言えば? この状況で取り合ってもらえるかはわからないけどね』

 そのまま寮に帰って、荷物を処分して、スーツのまま電車に乗って、この状況の中ヒトは少なくて、がらがらの電車を乗り継いで丸一日、里のある山まで。

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