第48話 とても頑張ったのですね

 四枚にも渡る長い手紙を読み終えて、私はようやく詰めていた息を吐き出した。

 集中して見入ったばかりに、いつの間にか呼吸を忘れていたみたい。

 ズキズキと頭に鈍い痛みが響く。


 リベル様の過去、そして''悪魔''との契約……


 なんでこんな大事なことを忘れていたんだろう。

 手紙のおかげで、眠っていたゲームの記憶が少し揺り起こされる。


 そう、そうだ! 主要人物はほとんど''悪魔''と何かしら契約をしていて、その内容が物語に大きく関わっていた。

 戦場でリベル様は、リベル様が願ったのは——


「っうぅ……」


 頭が割れるように痛い。

 まるで脳を鷲掴みにされるような、かき混ぜられるような、そんな痛み。記憶の奥底に根付いた情報を無理やり引き上げられ、目の前がチカチカと明滅する。


「なに、吐きそ……」


 ぐるぐると目の前が回転するような気持ち悪さに立っていられず、私は倒れるようにうずくまった。

 その際、机のものも幾つか巻き込んで、派手な音を立ててしまったけど気にする余裕もない。


 この痛みは、一番最初に私がレヴィーアとして目覚めた時と似ていた。

 王城でリベル様に婚約破棄を言い渡されて、ゲームのことを思い出したあの時と……


「レヴィーア様!」


 音を聞きつけたのだろう、メイドのメイが慌てた様子で駆け寄ってきた。


「どうされましたか!? えっと、今医者を——」

「メイ、待って……だい、じょうぶだから」

「しかし!」


 泣きそうな顔で背を支えてくれるメイに体を預けながら、私は深呼吸して息を整える。


 吸って、吐いて。

 吸って……吐いて……


 何度か繰り返すうちに気持ち悪さは幾分か晴れ、記憶の奔流でごった返した頭の中も、整理されて落ち着いてきた。

 

「うん、本当に……大丈夫」


 このまま安静にしていれば、この不調もすぐ治るだろう。

 でもそんな事より、私はどうしても確かめたい事があった。


 ぽんぽんと、私を支える腕を叩き、眉根を下げたメイの顔を見つめて問う。


「ねえ、メイ。全部知ってたの?」

「レヴィーア様……?」

「私がなんなのか、知っているの?」

「それは……」

 

 メイは私から目を逸らし、何度か視線を彷徨わせた後、意を決して、


「はい」


 と答えた。


「七日前、お戻りになった際に様子が違っていたのでもしやと思っておりました。そうしたら、来訪したディクター閣下に薬を……その時に我々一同、察しがつきました」


 レヴィーア様は、この様なことをなさらないので。と、小さく添えて。


 そりゃあそうだ。こんな暴挙、普通はしない。


「申し訳ありません。決して騙そうとしたわけではないのです。これは、本来の——」

「ごめんなさい」

「え?」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

 私は騙そうとしていたんです。

 本物のレヴィーア・フローディアじゃないのに、バレない様に振る舞おうとしたんです。


 メイの言葉を遮って、震える声で、懺悔する。


 偽物なんて歓迎されないと思っていたんです。バレたら追い出されてしまうと、思ったんです。

 だって私はリベル様に偽物だとバレて、信用されずに死なせてしまったから。今でも鮮明に思い出せます、冷たくなったリベル様の体温を、痩せこけて憔悴しきった姿を!

 だから、次は正直にいようと全部告白して、でも投獄されて……リベル様は価値さえ示せばそれで良いと言いました。

 でも家のみんなは? 

 レヴィーアの父と母は娘が別の何かになっていると知ったら?

 受け入れてもらえるなんて、とても思えませんでした。正直でいようと思ったのに、逃げる様に王宮へ籠るしかできませんでした。

 目の前の事に集中して、家の事は忘れようとしました。

 それなのに、なのに……リベル様は、また……


 言いながら涙が溢れてきて、両手で顔を覆う。


「うっ……ぅっ……」


 嗚咽が勝手に漏れ、これ以上言葉を続けられそうになかった。

 目を逸らしつづけた罪悪感。何もできなかった無力感。

 様々な感情がない交ぜになって、何が言いたかったのかも分からない。


 なんでこんな事になってるんだろう……私は何をしたかったんだろう……

 訳もわからず涙をこぼす。そんな私を、


「謝らないでください」


 メイはそっと抱きしめてくれた。


「不安にさせてしまい、申し訳ありませんでした」


 落ち着いたその声も、あやす様に背をさする手も、とても暖かい。


「貴女のおっしゃる事を全て理解する事はできませんが、とても頑張ったのですね」

「っ……」

「こんなボロボロになってしまうまで、戦ってきたのですね」

「う、ぁ……」

「もう大丈夫です。お一人で背負わなくとも大丈夫です。辛い時はおっしゃってください。困った時は頼ってください。私は、我々フローディア家一同は、貴女の味方です」


 どこまでも優しい言葉が、じんわりと心に染み渡る。


「わた、しは……リベル様を……救おうとして良いの?」

「当然です。これは貴女にしかできません」

「私は……ここにいて良いの?」

「当然です。いつでも貴女の帰りを待っています」


「うっう、うわぁあぁああぁあああん!」


 私は泣いた。

 子どものように声を出して泣いた。

 だけどこの涙はもう、後悔や不安からくるものじゃない。

 受け入れられた。許してもらえた。その喜びと、安堵からのものだった。


 私は泣いて、泣いて、スッキリするまで泣いて、そして決意した。


 私はレヴィーア・フローディア。

 もうただの偽物じゃない。彼女の意思を継ぐものとして、戦っていく!


 これが『何者としてリベル様の前に立つか』という問いに対する答えだ。

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