第43話 ゴールド
革命軍の主導者——ゼン。ゲームでは私の二番目の推しキャラ。
そんな人が今、私の目の前に座っている。
すぅ、と深呼吸を一つ。
「ゼン様。私はこういった交渉の場での作法はよく存じません。なので、失礼ながら単刀直入に言わせていただきます」
推しが目の前にいると言うのに、気分は全く高揚しなかった。
まあそれはこの話し合いに私とリベル様両方の命が掛かっているから、興奮より恐怖の方が勝っているせいなんだけども。
「王城の情報を私の知る限り全て教えます。その代わり、リベル様……リベル閣下を殺さないでください」
努めて冷静に、お願いを口にする。
日中に足りない頭で考え抜いた結果がこのセリフだった。
どもらないように、噛まないように、何度も何度も練習した。
「なるほど。まるで俺たちのやろうとしている事が分かっているような口ぶりだね」
「その、ある程度は……」
値踏みするようなゼンの呟き。
このゼンという人物は私のゲーム知識によれば、優しく誠実でちょっと生活力が欠けていて、一途なキャラクターだ。
両目とも視力を失っていてるから常に目を閉じていて、右頬に花模様を薄紅で描いている。
基本的に穏やかな人物だから、ピリつく事の多い『悪ノ王国』では癒し枠だった。
なのに、
「へぇ」
この食えない雰囲気はなんだろう……
私の知っているゼンとはまったく違う。
目は閉ざされているはずなのに、突き刺すような視線を感じた。
「言いたい事は色々ある。例えば、貴女はどこまで知っているのか。王城についてどれほどの情報が出せるのか。何故リベル・ディクターの命乞いをするのか」
「どうやって、貴方たちのことを知ったのか……とか?」
「もちろん」
私の言葉に、一段と低い声でゼンが肯定する。
「たった一日だけど、フローディア嬢については調べて来たんだ。宰相閣下と婚約した公爵令嬢。社交の場には出ない引きこもり令嬢。もはや誰も貴女についてはよく知らない空気令嬢」
知らなかった……
元のレヴィーアは何を思ってこんな生き方をしてたのか、気になってしまう。
「表舞台からフェードアウトし、全ての交流を絶った貴女は、本来王城の事も俺たちの事も知る
そう、本来のレヴィーアならきっとゼンの言う通りだった。
だけど私にはゲームと今まで重ねてきたループの知識がある。だからこんなチャンスを掴めている。
「私は今こうしてゼン様とお話ししています。これだけで、渡せる情報はあると信じてもらえませんか?」
「少なくとも話を聞く価値はあると、感じているよ」
その言葉を聞いて、私はほっと胸を撫で下ろした。
少なくともスタートラインには立たせてもらえるみたい。
「貴女の願いは、宰相閣下の助命だったね」
「はい。貴方たちの目的が国家の転覆なら、閣下の命は必須じゃないはずです。だから……」
「まあ、待つんだフローディア嬢」
ううっ……これからという時なのに、出鼻をくじかれてしまった。
私は思わず恨みがましい目をゼンに向ける。
彼はそんな私の気持ちを感じ取ったのか、クスクスと笑いながら「貴女の願いを聞き入れるのは
「だけどその前に、聞かせてくれるかい? 何故貴女が宰相閣下の命乞いをするのかを」
「それは、だって……婚約者ですし」
「形だけのものだろう?」
「………………はい」
そこを突かれるのは痛かった。
「宰相閣下は貴女に何かしてくれるのかい? 感心を愛情を向けてくれるのかい?」
「それ、はないけど、そうじゃなくてっ」
確かにリベル様はいつだって冷たくて、私のこと突き放すし利用して捨てる。
でも、私は別にリベル様に愛されたいなんて思った事ないから良いの。
ただ推しを見守りたいオタクの心理っていうか、見返りとか何も求めてなくて……
本当に?
「ウルトラマリン」
ずっと黙って控えていた女性が囁いた。
「そもそも貴女は何故俺たちが宰相閣下を殺めると思っているんだろうね?」
「だって、革命軍ですし」
「革命の最終目標は一般的に考えて王の首だろう? それとも、宰相閣下には俺たちが狙いたくなるような秘密があるのかな?」
「え、そ、それは」
待って、待って! なんでそんな話になるの……?
焦る私をよそに、
「ターコイズ」
フードの女性がまた単語を呟く。
一体なんの意味があるのか分からないソレが、今はたまらなく怖い。
「うんうん、あるのだろうねぇ。そうじゃなければ貴女も危険を冒してまで俺たちとコンタクトを取らないはずだ」
「……」
「ではフローディア嬢、宰相閣下はいったいどのような最期を迎えるんだい?」
「なん、で……」
どうしてそんな事を聞くの。
「オレンジ」
「その様子からすると、ただ俺たちに捕まって斬首というわけでもないのかな」
「やめて……」
広場に並べられたリベル様の首を思い出す。
「閣下は宮廷魔法師長も兼任されてるから、最前線で矢面に立ったのかい?」
「おねがい……」
城を燃やした炎の臭い。
飛来する弓矢の音。血、痛み。
沸き立つ人々の熱狂。熱狂。熱狂……
「イエロー」
「それなら目も当てられない最期かもしれないね。切り刻まれて、首だけでも残れば良い方かな?」
最期の瞬間がフラッシュバックした。
思い出すのはあの恐怖とやるせ無さ、無力感。何もかもが上手くいかなくて、私の手では何も救えなくて、大切なものばかり指の間からこぼれていく。
涙も吐き気も同時に込み上げてきた。
おねがい、ダメなの。本当に、だめ。
たまらずに私は叫んでしまう。
「やめてぇええええ!!」
「ゴールド」
そこに追い討ちをかけるように続く女性の声。
「はははっ、貴女は本当に宰相閣下が死ぬ未来を知っているんだね」
「ッ!!」
「気づいてるかい? 仇に向けるような目で俺たちを見ているよ」
言われて初めて、今自分がどんな顔をしているのか意識した。
「え、あ……ち、ちが……」
震える指先で顔を隠す。
「ちがう、ちがうんです……」
彼らと敵対しちゃいけないのに。
「わ、たしは……悪意とかじゃ、なくて」
話が拗れたらリベル様が死んじゃうのに。
「ただ……リベル様に、生きて欲しいだけ……死んで欲しくないだけで……」
なんでもしてやろうって思って、突き進んで。
「だ、から……あの人の意思も無視して、あなたたちに……」
言えば言うほど自分の情けなさが際立って、涙が溢れて止まらない。
「————」
ダメだ、ダメだ。もうダメだ。
女性の呟いた単語すら、もう拾えない。
どうしよう、わたし、なんでいつもこうなんだろう。
漫画やアニメみたいなご都合主義なんてないって思い知ったのに、またこの交渉はきっと上手くいくなんて楽観視してた……
またこんな失敗して、私はもう、何もしない方が——
「……良く分かったよ。フローディア嬢」
突然目の前に差し出されたハンカチに、思わず間抜けな声が出る。
「え?」
「話し合いの続きをしようじゃないか」
「な、んで?」
「言っただろう? 貴女の願いを聞き入れるのは
言われた。確かに、詰問される前にそんな事を言われた。でも、まさかそれが本気だったなんて思わないじゃないか!
「試すような事をして悪かったね、フローディア嬢」
いつまでもハンカチを受け取らず、呆然とする私に痺れを切らしたのだろう。ゼンは手を伸ばし、勝手に私の目元を拭った。
何も見えていないはずなのに、その手つきは正確かつ丁寧で、その優しさに救われたような気持ちになってしまう。
いや、待って。そもそもどん底に叩き落としたのこの人じゃん! チョロすぎでしょ私……!
「俺はね、フクシアさえ取り戻せるなら、他の全ては二の次で構わないんだ」
「……ふくしあ」
「ああ、俺にとって命よりも大切な人さ」
思い出した。
確かゼンの生き別れた恋人で、革命軍を立ち上げる契機になった人。ゼンは彼女の事を思って、頬にフクシアの花を描いているんだっけ。
「リーダー。そのような発言は控えてください。他の同志に聞かれては」
「だが君は理解してくれるだろう?」
「……はい」
まだ何か言いたそうな女性を黙殺したゼンは、改めて私と向き直って言った。
「そういう訳だ。お互い愛する者のために、手を組もうじゃないか」
「ありがとうございます……ありがとうございます!」
差し出された手を迷いなく掴む。
ここまで来たらもうなんだって良い。リベル様さえ助かるなら、なんだって。
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