第37話 どうか、私との婚約を破棄してくださいませ
「行動ならしたと言いたそうだな?」
何も言い返せない私に対して、リベル様はさらに厳しい言葉を投げかける。
「胸に手を当て、考えろ。貴様は本当に行動をしたのか? ただ選択をしただけではないのか? 貴様の願いの為、他の何をも踏みにじり、全力を尽くしたと言えるのか?」
二人のリベル様が混ざっていた揺らぎは消え、今は一つに。いつも通りの『リベル様』は相変わらず容赦なく私を追い詰めた。
「わた、わたしは……」
胸に手を当てなくても分かっている。
私はどこか楽観視していたところが確かにあった。ここは私がやり込んでいたゲームの世界で、未来を知っているのだから正しい選択さえすれば望んだ方向に進めるのだと。
サーカスを告発さえすれば全部うまくいくのだと思っていた。
だから『内通者』の存在を知っていたのに、言わなかった。彼女を庇いたかったから……そんなことをしなくても大丈夫だと思っていたから……
それなのにこうも上手くいかない。
私が望んだリベル様の笑顔は見れたのに、状況は何もかもが最悪だ。
「……ごめんなさい」
何に対しての謝罪かは自分でも分からない。
ただ、何か言わなきゃとリベル様に向かって一歩踏み出そうとした時——
「こっちも探せ!」と言う声がすぐ近くから聞こえてきた。
反乱軍だ。
「と、とりあえず逃げないと……」
「何故?」
「えっ、だ、だって追手が迫ってて……逃げないと、閣下は……」
「何故、俺様が貴様の願いに応えねばならない」
「そんな……」
革命を止められないならせめて命だけでも。
そんな願いすら打ち砕かれる。
「人はチェスの駒ではない。貴様が正しい選択をすれば、望んだ結末に向かう訳でもない。それが『現実』というものだ」
『現実』その言葉が比喩ではなくずっしりと私にのしかかった。
そう、現実。これは現実!
リベル様もこの世界も、何もかも現実でしかない。
……ああ、やっぱり。
この人は私がどうにかできるような相手じゃなかったんだ。
「他人に動いてもらおうとするな。全てを利用し、望んだ方向へ動くように仕向けろ。その点、貴様の好意は利用しやすかった」
「っ!!」
少しでもリベル様に近づけたと思っていた。
心を許してくれたと思って、舞い上がりもした。
でもあれらは全部ただの錯覚だった?
この瞬間のために踊らされただけだった?
私って本当に馬鹿みたい。
ぽろりと、涙が頬を伝う。
一度流れてしまえば、後から後から溢れて止まらなくなった。
「一つ、貴様に感謝しよう。おかげでこの日をより早く迎える事が出来た」
——誰かいるぞ!!
そんな声とともに近づく大量の足音。
そちらに意識を向けたその時、
「今までご苦労」
不意に肩をリベル様に押され、バランスを崩したわたしは尻餅をついた。瞬間、私の周りに魔法陣が展開される。
「……閣下?」
意図が分からなくて、呆然と見上げた先には実に悪役らしい笑顔を浮かべたリベル様の姿が。
そしてその背後、
「攻撃魔法か?!」
「させるなあ! 撃てぇ!!」
展開された魔法陣を見て慌てた追手達が、弓を引き絞る。
「閣下っ!!」
考えるより先に手が伸びた。
矢の雨が降ってくる。
そんな危機に背を向けたまま、リベル様はその相貌を愉悦に歪め
——さらばだ。
と、口だけ動かした。
ああ、そっか……
私は理解した。この人は私を道連れにすらしてくれないのだと。
次の瞬間、浮遊感に襲われ……
「あ、え?」
気がついたら、フローディア邸の前にいた。
ズキリと痛む右腕に目をやれば、飛来した矢が掠めたのだろう。簡素な夜着も肌も切り裂いて、血が流れ出ていた。
私でさえこんななのに、目の前に立っていたリベル様がどうなったかなんて、考えなくても分かってしまった。
いたい、いたい、いたい……
傷口のジクジクとした痛みはやがて心にまで手を伸ばす。
——貴様の好意に価値はない。
——『偽物』
そうだ私はどこまで行っても『偽物』でしかない。
「うあぁっ!!」
この先の事はもうほとんど記憶になかった。
………………
…………
……
そしてやって来た処刑の日。
私はこの時までどうやって過ごしたのか、全くわからなかった。
諸悪の根源を一目見てやろうと、処刑場へ向かう人々の流れに、身を任せて歩を進める。
王都の広場には処刑台が組まれていて、その手前には晒し台があった。
並べてあるのはこの戦いで仕留められた数々の首。その中には当然、リベル様もいた。
「お、えっ」
初めてここに来た時に見た『首』。
だけど今は、あの時には分からなかった本物の死がそこにはあった。
……痛い。
矢が掠めた右腕を押さえる。
痛い。
雨のような矢が降り注いだあの瞬間が、フラッシュバックする。
痛いっ!
—— 人はチェスの駒ではない。貴様が正しい選択をすれば、望んだ結末に向かう訳でもない。それが『現実』というものだ。
「ゔぅっ」
全身に矢が突き刺さり、血を流して笑うリベル様の姿を幻視する。
それだけで心臓が潰れるように痛んで、ギュッと心が疼いた。
「うっ、うぉぇ」
焼き付く炎の匂いが、むせ返る血の匂いが何処からともなく漂ってくる。
喉から迫り上がる胃液に、たまらず嘔吐した。
これ以上前を向いていられなくて、視線は晒し台から石畳を滑り、足元へと移る。
「けほっ、うっ、ゔ」
びしゃびしゃと、手をついて地面を汚した。
ともに会話をしたリベル様が、私のお茶を飲んでくれたリベル様が、私の好意を踏み躙り笑ったリベル様が、物言わぬ生首に成り果て、晒されている。
リベル・ディクターは死んだ。
その『現実』がどこまでも生々しく、目の前にあった。
「ははは、お嬢ちゃんには刺激が強すぎたか?」
うずくまって吐き散らかす私を見て、近くにいた誰かが声を掛けてきた。
うるさいっ、ほっといてよ!
そうは思っても、込み上げる吐き気を耐えるのに精一杯で、何も言う事は出来なかった。
程なくして終わりを告げる鐘が鳴り響き、人々の歓声が上がる。
ああ、終わった。終わった、終わってしまった!
私はやっぱり無力で、リベル様に近づく事さえできない。
「レヴィーア・フローディア。貴様、そこで何をしている」
一つ終われば、次が始まる。
また戻ってきた。王城の執務室、厳格な声が問いただす。
生理的な涙を滲ませながら、なんとか顔を上げて見たリベル様は相変わらず機嫌が悪そうで、顔が良い。
だけどこの気持ち悪さは治らなかった。
「ああ、閣下……」
嫌い、嫌い、大嫌い。
この時私の心を占めたのは、そんな感情だけだった。
「どうか、私との婚約を破棄してくださいませ」
R4. 世界の終わりでさよならを (完)
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