第16話 これは君のせい
「閣下がお亡くなりになりました」
その知らせを受けた私は、リベル様の遺体を引き取りに王城へと戻った。
私はただの婚約者でしかないけれど、両親はすでに逝去し、兄弟もいなければ親交のある親戚もないリベル様を引き取る人は私しかいなかった。
「……リベル様」
霊安室で横たわるリベル様は、安らかに眠っているようにしか見えなくて、次の瞬間には起き上がって「何を見ている」と眉間に皺を寄せそうなのに、それなのに……
「申し訳ございませんフローディア嬢。閣下にお食事を運ぼうとした時には、すでに……」
「少し一人にしていただけますか」
「はっ」
ずっとリベル様に着いていた看守さんは、一つ敬礼をするとこの場を立ち去った。
「リベル様……」
ぼーっとリベル様を見つめる。たった数時間しか離れていないはずなのに、その姿は記憶とまるで違っていた。
「ねぇ、リベル様……起きて、起きてよ……」
コケた頬に伸ばそうとした手が、震える。
「リベル様はこんなところで死ぬキャラじゃないでしょう?」
目の下に浮かぶクマは入れ墨のように濃く、髪に艶だってなくなっている。
「最後の最後まで暴れて……Glaciaに、ゼンに殺される……そういうキャラでしょ……?」
その姿はガリガリで、一目で憔悴しきっていることがよく分かる。
「冷徹で、身勝手で、エゴで国一つ滅ぼしちゃうような強キャラで……だから、こんな、こんな弱った姿……」
意を決して抱き寄せたリベル様の身体は、まさに羽のように軽かった。
「うっ……あ、ぁ……」
冷たい体温を肌で感じ、自然と涙が溢れ出る。
遠目でリベル様の生首を見た時とも、墓地から処刑シーンを見た時とも違う感情が私の中を渦巻いている。今までの二回は、私にとって画面越しの死と何も変わらなかった。
確かにあの時も悔しかったし、悲しかった。涙も出たし思いっきり叫んだ。でも、それでもその感情はゲームで推しが死んだ時と同じような、どこか他人事の死で、そこに現実味を感じていなかった。
だけど今、私は冷たくなったリベル様に触れて、初めてリベル様が生きていたことを実感している。
「ばかっ、ばかばか、ばか……! リベル様のばか! あほ! 強がりぃ!!」
ここに来て私はようやくリベル様の得意な魔法が何だったかを思い出した。
リベル様が契約した光の精霊が司る魔法。それはビームが出るような攻撃系でも、傷を癒すような回復系でもない。生物が物事を見る時に必要な『光』を操る、視覚に影響する能力である事に。
「とっくに限界だった癖に、大丈夫そうに見せないでよぉ! 信じちゃったじゃん……」
こんなの八つ当たりだって分かっている。でも、言わずにはいられなかった。
だって、だって……私があの時無理矢理でも水を飲ませてあげてたら、こんな事にはならなかったかもしれないのに……
「うっ、うぅっ……あぁ、うっ……ひぅ……」
私はリベル様の身体にしがみついて、大声で泣いた。
分かっている。一番バカなのは私だ。
何もできずにから回って、リベル様を死なせた役立たずだ。
居てもいなくても変わらない、空気のような存在だ。
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あれから私はリベル様がいない世界を無気力に生きた。
せめて何か情報を掴むべきだと頭では分かっていたけれど、心がついていけずにベッドから出られなかった。
リベル様の真似をして断水、断食してみても、結局は空腹と渇きに耐えきれなかった。
自分で自分の命を断つ勇気もない私は、エンディングまでの長い期間どうやって過ごせば良いのか分からなくて途方に暮れた。
でも、リベル・ディクターがいない国の終わりは唐突にやってきた。
「この少年は賢王と名高きクルデゥル陛下亡き後、レインシェル王国を玩具が如き弄び我が者にせんとした。先王陛下が崩御されてからの十年、国の変わり様は私が改めて語るまでもないだろう」
断頭台の上で、ゼンが罪状を読み上げている。
そこに取り押さえられているのは——
「離せ! 離せよー!!」
クルエル・K・レイン。レインシェルの現国王本人だった。
「何か申し開きはあるかい?」
「違う違う違う! 僕のせいじゃない! 僕のせいじゃないんだ!」
……違わないよ。これは君のせい。
君がリベル様を殺したからこうなった。
リベル様が地下牢で言っていたとおり、リフェルテ地方で暴動が起きた。それは速やかに鎮静できれば被害は少なかった小さな暴動。だけど対処が遅れた結果、火種はあっという間に燃え広がり革命軍の背中を押した。
その結果、エンディングよりもずっと早く処刑の日が訪れた。
「……君は民の暮らしを見た事があるかい? 民の声を聞いた事はあるかい?」
「何、それ……知らない。そんなの僕には関係ない!」
「ならば、これが報いだ」
「ああぁぁ、嫌だ! 嫌だやだやだやだやだやだ!!」
今回、リベル様が死んだ直接的な原因はクルエルだ。だから私はクルエルを恨んでいて、憎いと思っていた。思っていたはずなのに、彼がこうして処刑されそうな姿を見て、「ざまあ見ろ」なんて到底思えなかった。
ゲームでは、彼のメイドが身代わりに捕まっていた。リズが最後まで彼の手を引いて、追手から逃れきっていた。
でも今は、彼の隣には誰もいない。
捉えられ、泣き叫ぶクルエルの姿はどこまでも惨めで、哀れだった。
「見よ! 悪夢の終わる瞬間を!!」
ゼンが終わりの時を告げ、時計塔の鐘が鳴る。
——次の瞬間。
場面が変わり、ループの最初に戻る。
執務室にて、リベル様が不機嫌そうに私を見る。
「レヴィーア・フローディア。貴様、そこで何をしている」
それは私にとっても悪夢の終わりだった。
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『悪ノ王国〜破滅の時を君と〜』
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R3. リベル・ディクターがいない国 (完)
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