召喚士、自分自身と戦う

 二階に上がると、そこは美しい花々で飾られていた。

 赤いコスモス、白い百合、青い薔薇、紫のアネモネ。

 一階の実用性重視の城の内装とは大違いだ。

 まるで――そこに立っている一人の女性のために用意されたかのように。


「お待ちしておりました。もう一人のオータム様、それとお仲間の皆様」


「マルタル姫……」


 レオーがそう呼んだ女性を見て、全員が驚きの声をあげていた。


「あ、あれは……!?」


「おいおい、マジかよ」


「何か見たことがあるような……?」


 それもそのはず、マルタルは外見がライトにそっくりなのだ。

 つまりは美少女なのだが、ライトを知っている者としては複雑な気持ちである。

 ちなみに服は、清らかな白布で作られた聖女のドレスを着ている。

 正真正銘の女性だ。


「私が彼にとって一番印象深い存在であり、そのために最後の登場人物として選ばれたのでしょう」


「一番印象深い? それってどういうことなんだ? レオー」


「……オータム・バグズと戦うには無駄な情報だ。忘れろ」


 そう言い切られてしまっては、プライベートな問題なので諦めるしかない。

 まだやるべきことがあるのだ。


「それで……マルタルさんは、俺たちを妨害するために? それとも好感度システムで強化してくれるんですか?」


「私は公平な者として作られています。このまま三階――彼の下へ進むのなら止めはしません。しかし、最後の好感度システムの恩恵を受けようとするのなら、試練を受けてもらいます。……いかがなさいますか?」


「もちろん、試練を受けます」


 ライトは躊躇せず答えた。

 オータム・バグズは手強いため、万全の状態でいきたいからだ。


「わかりました。では――敗北して、あなた方の自我が消失しないことを祈ってます」


 マルタルは柔らかく微笑むと、一歩後ろへ下がった。

 そして、その場から三体の黒い影が現れた。

 いち早く気付いたリューナが声をあげる。


「これは――私たちですか!?」


「はい、あなた方の選ばれなかった可能性。バグズです」


「ど、どうすれば……」


 自分と対面して戸惑っていたが、マルタルはそれ以上何も答えない。

 代わりに眼前のリューナ・バグズが問い掛けてくる。


『私を弄んできたプレイヤーという人種、それをあなたは認めるのですか?』


「その姿で私を語るのですか……」


『私は認めない。プレイヤーを自らの手で殺せるチャンスです』


「な、何をッ!?」


 リューナ・バグズは剣を構えた。

 その殺気は本物だ。


『命は平等と語られているではないですか。では、私の命も平等なはずです。殺されたなら、殺してもいいでしょう』


 リューナも剣を抜いて、応戦の構えを取った。

 自分の姿をしたモノにライトを殺させないため。


「なぜ今更そんなことを!? まさか、可能性とは私がライトプレイヤーと出会わなかった――」


『復讐するは我にあり』


 ひどく冷たい眼をしたリューナ・バグズとの交戦が始まった。

 まったく同じステータスなのか、その剣戟は際限なく響き続ける。


 一方――ブルーノも。


「お、オレはそこまでやるつもりはなかったんだ……」


『やるつもりはなかっただぁ? むしろ、オレがライトを自殺に追い込む可能性の方が高かったんだぜぇ……? 今、仲良しごっこを楽しんでいるお前の代わりに、オレはその可能性を見てきた』


「や、やめろ……やめてくれ……」


『追放されたライトは木賃宿で首を吊って、汚物塗れで死んでいた。それを聞いたオレは罪悪感に押し潰されて、精神を病み、寿命を迎えるまで毎日ライトの墓の前で懺悔し続けた』


「う、うぅ……」


『覚悟もないのに自殺まで追い込んで、被害者面して、モノを言えない死者に謝罪して自己満足に浸る。滑稽だなぁ、オレおまえはよぉ……』


 自らに罵られ、ブルーノはうずくまって震えていた。

 そして――ライトも。


『俺の可能性を語ろうか』


「ああ、興味がある」


 自らの黒い影――ライト・バグズと対面していた。

 何もかも諦めている眼が懐かしい。


『お前はゴブリン退治のとき、銀の円盤を使わない選択をした。あげく、必死に応戦したエイヤは死んで、お前だけ無様に生き残った』


「そうか、そういう可能性もあっただろうな」


 ライトはひどく冷静に呟く。


『その結果、もう他者を巻き込まないようにと自ら命を絶った』


「そうか」


『別の可能性もある。リューナの召喚に成功したことによって、自惚れた俺はブルーノに復讐することにした。結果は、レベルを上げきっていないリューナが返り討ちに遭って、俺は処刑された。今でもブルーノとビーチェの同情する顔が忘れられない』


 ライト・バグズが語る可能性は悲惨だったが、他の二人と違ってなぜか心に響かなかった。

 どこか完全に他人のような感じすらある。


『まだあるぞ。イナホを殺された恨みから、人間を敵視したお前は――』


「ああ、そうか……」


 ライトは気が付いた。

 それはイナホが消えるときのことだった。

 彼女は自分の力の不甲斐なさを悔やんだが、誰かを恨むという気持ちは持っていなかったのだ。

 過去に恨むという気持ちを持っていても、もう彼女はすべてを――


「赦している。俺もそうなりたいと思った」


 ライトは、自らの姿をした黒い可能性バグズに手を当て、明かり魔法で輝きを灯した。


「気付かせてくれてありがとう。でも、俺は……赦す」


『なぜ、おまえは憎まず、赦す?』


「赦して前向きに努力した方が、強くなれそうだから……かな?」


 ライトが笑うと、彼もまた笑った。


『俺もその答えに辿り着ければ良かったのにな』


 優しい輝きに包まれて、ライト・バグズは消滅した。

 連鎖的にリューナ・バグズとブルーノ・バグズもいなくなっていた。


「――赦しの心、見事でした。最後の試練は合格です」


 マルタルが前に出てきて、レオーの方に視線を向ける。


「この試練イベント。懐かしいですね、オータム様」


「ふんっ、とうに忘れたわ」


「ふふ、照れちゃって」


 マルタルはそう言うと、今度はライトにペコリとお辞儀をした。


「オータム様のこと、頼みます。彼を――いえ、彼らを解放してあげてください。このままだと世界を滅ぼすことになるでしょう」


「世界を……滅ぼす……!?」


「あの人は、最愛の母を追いつめた世界を赦してはいません……」



――――


あとがき

実はブルーノは、ライトと素直に話し合えるようになったあとメチャクチャ気にしていた。


面白い!

続きが気になる……。

作者がんばれー。

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