召喚士、ゴブリンの巣で経験値稼ぎ

「俺とリューナはゴブリンの巣を探そうと思う。エイヤは先に村に帰っていてくれ」


 戦闘中、何匹かゴブリンが逃げ出していた。

 その方向へ行けば、きっと巣があるだろう。


「え……? わ、わたしも一緒に」


「私は、足手まといのお前まで守る余裕はない」


 リューナが辛辣な言葉を発した。

 だが、本当のことでもある。

 誰かを守りながら戦うというのは、非常に難しいのだ。


「エイヤ。巣のゴブリンがヤケを起こして村を襲うかもしれない。そのことを知らせるのも立派な役目だ」


「わ、わかりました! ライトさん、リューナさん。ご武運を!」


 そのままゴブリンの巣へ向かおうと思ったが、ふと思い出した。

 このリューナの召喚は普通ではない。

 今はまだ隠しておいた方がいいだろう。


「……エイヤ、俺が召喚士だということは秘密にしておいてくれ」


「はい!」


 ライトとリューナは、エイヤと別れてゴブリンの巣へ向かった。




 森の中でゴブリンの足跡を追いながら、ライトはリューナとの会話を試みた。


「リューナ、キミは普通の召喚獣とも、転移による人間の召喚とも違うよね?」


「……」


「キミは一体、何者なんだい?」


 ずっと話しかけているが、リューナは無言を貫いていた。

 最初に会話をしていたので、意思疎通が不可能というわけではない。

 何か失礼なことをしてしまったのではないかと思い返す。


「あっ、魔法の名前……ダサいとか言ってゴメン。そんなことを言われたら機嫌も悪くな――」


「違います。私は根本的に、あなた方プレイヤーが嫌いなのです」


「え……?」


 リューナは自分の過去を語り出した。


「私の世界は、この世界とは物理法則が異なります。私は幻想世界の英雄――〝幻想英雄〟と呼ばれる作り物です。しかし、そこでたしかに生きていたんです」


「なにを言って――」


「昔、あるとき世界に魔王が復活して、私は勇者として覚醒しました。そのときから、別の世界の人間――プレイヤーが遠くから干渉してくるようになりました」


 ライトは何とか言葉を理解しようとした。

 作り物の世界というのは、きっと箱庭か、本の世界のようなものなのだろうか。

 もしくは、日本の冒険者が語っていたらしい、チェスよりも複雑な仕組みのゲーム……“テレビゲーム”という物。

 そして、それを干渉して導く存在がプレイヤー。


「最初は私を良い方向へ導き、愛する世界を救う手助けをしてくれると思い、感謝していました。実際、プレイヤーのおかげで魔王を倒すこともできました。でも――」


 リューナはうつむいた。

 その表情は屈辱とも、怒りとも受け取れる。


「倒したその瞬間、時間が巻き戻って、次のプレイヤーが現れました。また魔王が復活していて、二週目ともいえる世界は苦しみに満ちている。ワケのわからないまま、私は再び世界を救いました。それでも――」


 リューナは語気を荒らげる。


「再び時間が巻き戻り、世界がリセットされました……! これが何回も、何十回も――いえ、何億回も!」


「リューナ……」


「直接会ったことはありませんが、きっとプレイヤーはそれを楽しんでいたのでしょう……。私が……住人が……世界が苦しんでいたことを。声すら届かない遠くの場所で、私を操りながら……」


「お、俺は……」


 俺は違うと言いたかったが、ライトはハッとした。

 召喚士と召喚獣の関係も、契約による主従によるものだ。

 一方的に戦わせているかもしれない、否定はできなかった。


「……少し喋りすぎました。ここでは女神イズマに導かれたのですから、その分くらいは捨て石として御役に立ちましょう。私が死んでも、再召喚すれば記憶もリセットされます。気に入らなかったら、どうぞ自決を御命令ください」


「そ、そんなことはしない」


「どうだか。以前のプレイヤーは、私が無残に倒されることを楽しむ奴もいましたよ」


 ライトは言葉を失った。

 リューナがいた世界は思ったよりも過酷だった。




 ゴブリンの足跡を追うと、予想通り洞窟があった。

 間違いなく、ゴブリンの巣だろう。

 入ってみると内部は薄暗く、ジメジメとしている。

 ライトは明かり魔法で内部を照らしながら、未だ無言のリューナとともに進む。


 中の通路は意外と広く、横幅は三人くらい並んで歩けそうだ。

 リューナが勇者らしい堂々とした歩き方で前を行く。

 レベルも上がったし、ライトは後ろで見ていろということなのだろう。

 ……今までの〝プレイヤー〟のように。


「ギャギャッ!」


 そうしていると、大きな部屋に出た。

 錆びた武器や、得体の知れない毒が入った瓶などが置かれている。

 奥の住居を守る、兵士ゴブリンの詰め所のようなものだろうか。

 待ち構えていたゴブリンたちが、前方で武器を構える。

 どれも刃先がテラテラしていて、毒が塗ってあるようだ。


「……プレイヤー。私が持っている薬草は残り少ないし、毒は治せません。そこで見ていてください。私一人でも、ゴブリン程度――!」


 そう言うと、リューナは真っ正面から敵の中に突っ込んでいった。

 いくらレベルが上がってステータスが強化されたからといって、無謀すぎる行動だった。

 それはいつもプレイヤーから指示を受けていた弊害かもしれない。


「危ない! リューナ!」


「えっ――」


 後方で見ていたからこそ、ライトは気が付いた。

 天井が高く掘ってあり、その部分に毒の剣を持ったゴブリンが潜んでいたのだ。

 リューナに向けて落下の体勢を取っている。


「くっ!」


 ライトは咄嗟に走り、頭上のゴブリンをナイフで迎撃した。

 同時に、毒の剣がライトの腕に刺さっていた。


「ギャッギャッギャ~!」


 ゴブリンたちは大笑いした。

 二人いる人間の内、一人が庇って毒で行動不能になったのだ。

 頭の良さそうな方が倒れさえすれば、あとは問題ないと考えていた。


「プレイヤー……どうして」


「俺のせいだ。もっと警戒して、早くゴブリンが潜んでいるのを知らせていれば……」


「……違います。そんなの……私が攻撃されるのを……遠くから見ていればいいじゃないですか。プレイヤーなら、それが普通で――」


 ライトは、毒の剣で斬られた腕に激痛を感じていた。

 痛いというより、熱い。

 赤く熱された鉄棒を押しつけられているようだ。

 それでも心配させたくないために、笑って話す。


「きっと、プレイヤーもみんながみんな、そういう人じゃなかったと思うよ。召喚するときに見えたんだ。リューナに世界を救ってもらいたいという子どもたちの願い、そのために一生懸命考えて、指示をして、苦楽をともにして、大人になっても忘れずに覚えている――幾億のプレイヤーたちの祈りプレイを」


「……」


 目の前のリューナは無言になってしまった。

 また無視されてしまったのかもしれないと思った。

 ライトは全身に毒が回り始め、意識が朦朧とし始める。

 目の前が霞んできて、視覚が失われてゆく。


 ――リューナはレベルが11に上がった――

 ――リューナはレベルが12に上がった――

 ――リューナは【スキル:討伐時ドロップ化】を覚えた――

 ――リューナはレベルが13に上がった――


 ただ、辛うじて目の前のウィンドウの文字が見えるくらいである。

 それが怒濤のように流れる。

 ライトは知らなかったが、リューナはクールな表情から一片、怒りに燃えていた。

 とある目的のためにゴブリンをひたすら斃し続ける。


 ――リューナはレベルが14に上がった――

 ――リューナはレベルが15に上がった――

 ――リューナはレベルが16に上がった――

 ――リューナはレベルが17に上がった――

 ――リューナはレベルが18に上がった――


 クエストはこなせそうだと、安心したライトは意識を失った。


 ――リューナはレベルが25に上がった――

 ――リューナは【プレイヤー共有スキル:思考加速ターンスイッチ】を覚えた――

 ――【称号:国崩しのゴブリンキングを屠りし者】を入手――


 これらのとてつもない詳細を知るのは、まだ先のことである。




 ***




「ん、あれ……俺はいったい……」


「気が付きましたか。プレイヤー」


 ライトは自分の状況を確認した。

 眩しい、洞窟の外らしい。

 毒の痛みがない。

 今の体勢は仰向けに横たわっているようだが、何か気持ちのいい枕が置かれていて快適だ。


 見上げる先には、バツの悪そうな顔をして頬を赤らめているリューナがいた。

 長い亜麻色の髪が陽光に透けて綺麗だ。

 ライトは少し考えて、この枕の正体が柔らかい膝枕だと察した。

 しかし、それを指摘したら怒られそうだ。

 それに、なぜこうしてくれているのか意味がわからないし、毒はどうなったのだろうか。


「えーっと……リューナ。俺はどうなったんだ? 毒は……」


「毒消し草を食べさせました」


「そうか。リューナはそんなものを持っていて――」


「いえ、ゴブリンから手に入れました」


 たしかに毒を使うゴブリンなら、毒消しの手段を持っていても不思議ではない。


「ゴブリンの巣にそんなものがあったのか」


「そうではなく、ゴブリンを倒して、ドロップアイテムにしました」


「……ん? ドロップアイテム?」


「ああ、こちらの世界では知られていないのですね。モンスターって、倒すと消滅してアイテムになるんですよ」


「なるほど……そういうスキルか。って、いや、待ってくれ。冷静に考えて、俺はゴブリンで出来たモノを食べたということか?」


 ゴブリンからドロップした毒消し草は、ゴブリンの身体由来といっても過言ではない。

 あの小さくてギャギャッと鳴くゴブリンを食べるとか気持ちが悪くなる。


「意外と細かい事を気にしますね、プレイヤー。風変わりなゴブリンのレアドロップで苦労したのに」


「いや、普通は気にする! ……って、レアドロップ? もしかして、俺のために頑張ってくれたのか?」


 リューナは目を逸らした。


「違います、言い間違いです。平常運転で経験値稼ぎしてたら、たまたまドロップしただけです」


「そっか。ありがとう、リューナ」


 子どものように頬をプクーッと膨らませるリューナを、少し可愛いと思ってしまった。

 多少だが、リューナとの距離を縮められたようで嬉しい。

 そのままジッと眺めていると、照れたリューナはカウンターを仕掛けてきた。


「きっとお腹が空いたでしょう。腹ごしらえにドロップした薬草をどうぞ……!」


「えっ、ゴブリン由来の薬草はちょっと……」


「何を言っているんですか。勇者と仲間たちは腹ごしらえもドロップした薬草で済ませるのが普通です。毒の病み上がりです、特別に食べさせてあげましょう。感謝してください」


「ちょ、ま、押し込むのは……あ゛ーッ!」


 リューナの照れ隠しで、ライトは薬草のクソまずい味を知ることとなった。

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