召喚士、最弱の勇者召喚
心折れたライトは何もやる気が起きなかった。
「はは……」
時折、
――あれからブルーノはキングレックスを召喚したことによって、初代召喚王の再来と喝采を浴びていた。
そのこともあり、ソフィとの婚約の準備も進んでいるらしい。
一方、ライトは何もかも失い、親から渡された僅かな手切れ金を持って冒険者になった。
早く野垂れ死んでくれということだろう。
生きる気力を失ったライトも、そのつもりだ。
育ててくれた恩もあるので、不名誉な自殺ではなく、適当なクエストを失敗して名誉の死というのがいいだろう。
考えると辛くなる。
現実から逃げるためにもう一眠りしようとしたのだが、ドアがギィっと開いた。
安すぎる宿なので鍵は付いていない。
追い剥ぎなら最期として丁度良いかもしれない。
今のライトにあるのは着ている衣服と、数日分の宿賃、それと後日余り物として最高司祭から渡された触媒である“銀の円盤”だけだ。
追い剥ぎに同情してしまう。
「……銀の円盤か」
話によると、それは日本からやってきた勇者の遺物らしいが、誰も使用方法がわからないという。
円盤表面の言葉は【ゲームディスク。ジャンル:RPG。ドラゴンファンタジア】と書いてあるらしい。
ほぼ意味はわからないが、ドラゴンと書いてあるので召喚の触媒として考えられている。
だが、今まで誰も触媒として使用できなかった。
つまり――体のいいゴミの押しつけである。
「ゴミはゴミ同士……か」
今のライトでは召喚できるか試してみる気すら起きない。
何かを試すとか、努力するとか、そういうのは無駄。
目に映る世界の全てがくだらないとしか思えないからだ。
「――……さん? ライトさん? 聞いていますか?」
それはドアから入ってきていた追い剥ぎ――ではなく、同室の冒険者の少女エイヤだった。
小柄なライトと同じくらいの低い背丈。手作りしたであろう不格好な革と布の装備をしていて、武器は弓とナイフだ。
肩まである赤毛が揺れている。
「ああ、ごめん。ボーッとしてた」
「約束のゴブリン退治、そろそろ出発しましょう」
このエイヤという少女は、自分の村の近くにゴブリンが出たという知らせを受けて、パーティーを組んでくれる人間を探していたのだ。
しかし、貧しい村が出せる報酬は少ない。
シビアな冒険者は誰も相手にしなかった。
「わかった、エイヤ。準備する」
それを同室であったライトが引き受けたのだ。
まだ抜けきらないビーチェの呪いで重い身体を引きずるように、ライトはゆっくり起き上がった。
***
ライトとエイヤは鬱蒼と生い茂る森の中を歩く。
まだ昼間なのに、高い木々が光を遮って薄暗く感じられる。
死に場所には丁度良い陰気さだと考えてしまう。
「ライトさん、頑張りましょうね!」
「……」
エイヤは頻繁に話しかけてくるが、ライトは返事をする気力が起きない。
ただ、この依頼で死ぬことだけを考えていた。
ライトが死んでしまえばゴブリンは退治できないが、勘当されたとはいえ、宮廷召喚士団長の息子が殺されることになるのだ。
それだけ注目されて、冒険者ギルドのメンツを保つために追加の人員を募ってくれることだろう。
結果的にエイヤに迷惑はかけない。
「わたしの村、若い男の人が全然いないんですよ」
エイヤは一方的に話しかけ続けた。
お喋りなのかもしれない。
「それで、村の近くにゴブリンが出ただけで、お年寄りと女性、子どもたちじゃどうしようもできない~って。今までも困っちゃうことが多かったんです。だから――」
エイヤはグッと拳を握りしめた。
「わたしが冒険者になって、村を守れるようにって誓ったんです!」
「……立派だな」
「えへへ、そうですか? どんくさいし、駆け出しなのでまだまだですが……。あ、やっと喋ってくれましたね!」
ライトはしまったと思った。
今から死ぬ人間が、誰かと会話してもロクなことにならない。
もしかしたら、エイヤの心に傷を残してしまうかもしれないからだ。
ライトはバツの悪そうな顔をして、再び無言になった。
しばらく歩くと、何かの気配を感じた。
茂みの向こうをジッと見てみると、遠くにゴブリンが一匹いた。
まだこちらに気付いていない。
エイヤはいけると思ったのか、頷いてから、弓に矢をつがえた。
ライトとしては――危険だと思っていた。
このゴブリン退治のクエスト、目撃情報によると五匹程度はいたらしい。
しかも野営をしたような痕跡が森の中に見つかっていない。
これはどこかに巣があるという線が濃厚である。
「村のみんなのために……!」
エイヤは矢を放った。
ゴブリンに命中――したのだが、一撃で倒すには至らなかった。
矢の刺さった肩を押さえるゴブリンは、物凄い形相でこちらを睨み付けてきていた。
「グギャギャー!」
「くっ、二射目を」
ゴブリンは待ってくれない。
錆びたショートソードを振り回しながら走ってくる。
こうなることは想定済みだった。
ゴブリンとはいえ、駆け出し冒険者が一射で即死させるのは難しい。
ナイフを構えたライトが、前に出てエイヤを庇う形になった。
そのまま殺してくれと願ったが、ゴブリンは警戒してくる。
いや――
「ギャギャ……」
「ギャーギャギャ!!」
仲間が来るのを待っていたのだ。
追加で四匹のゴブリンがやってきた。
冒険者なりたての二人では勝ち目はないだろう。
「そ、そんな……。に、逃げましょうライトさん」
「いや、このまま逃げても森の中じゃ追いつかれる。俺が引きつけるから、エイヤは先に逃げてくれ」
「……ライトさんを置いて逃げるなんて、できません」
エイヤもナイフを抜いて、ライトの隣に立った。
「無駄だ、増援がどんどん来ている。早く俺を囮にして逃げろ。そうしなければ、お前が死ぬぞ。自殺志願者か?」
巣からやってきているのかわからないが、ゴブリンの数が少しずつ増えている。
「死にたくないですよ。でも、村人も救いたいし、ライトさんも救いたいです!」
「俺は自分の命なんて気にしない」
「でなきゃ……今までわたしがやってきた
「……
ライトは、そのエイヤの言葉に反応してしまった。
ライトが何よりも信用していて、そして裏切られた言葉である。
「そうです。どんくさいわたしが冒険者になるためには、毎日努力しました。最初は引くことすらできなかった弓も、一年後には狙ったところに飛ぶようになりました。三年後には、動いてる相手に当てられるように……!」
ゴブリンに囲まれ、エイヤの手は震えていた。
「でも、それでも……村を守れるくらいの腕前には程遠かった! だから、もっともっと努力して、頑張って……」
「努力なんて無駄だよ……」
ライトはつい口にしてしまった。
自分が言われていた言葉を。
そうだと思ってしまった呪詛を。
「それは――」
ゴブリンたちが一斉に襲いかかってきた。
ライトは対処できたが、やはりエイヤはナイフ一本では攻撃をいなしきれない。
ゴブリンの凶刃が突き立てられようとしていた。
「あっ」
エイヤの身体に衝撃が響く。
「努力なんてしても……結果はこれだ」
「ライトさん!?」
ライトは咄嗟にエイヤを突き飛ばして庇っていた。
腹に突き刺さる、ゴブリンの槍。
引き抜かれ、血が流れだし、ライトは片膝をついた。
「さぁ、俺は動けなくなった。これでエイヤだけ逃げられるだろう?」
「まだ、何か努力できることがあるかもしれません!」
「努力努力って……うるさいな……。結局、才能のない奴は頑張っても報われないものなんだよ……俺もそうだった。……だから逃げ――」
「に、逃げません!」
エイヤは、ライトの前に立った。
震えながらナイフを構える。
「なっ!? バカかお前は!?」
これは完全にライトの計算外だった。
まさか、ここまで仲間を助けようとする人間がいるとは、今の精神状態では考えもしなかったからだ。
「きっと、努力は報われます! たとえ、わたしの努力が報われなくても……ライトさんの努力は報われると思います! 報われなきゃならないんです!」
ライトはフッと笑った。
エイヤの背中に、過去の自分を見てしまったからだ。
がむしゃらに努力すれば何とかなると思っていた、純粋でバカな子どもの自分を。
「……まだ俺に努力をしろって言うのかよ」
「はい! 死なない努力をお願いします! まだ、やっていないことがあるかもしれません! たとえそれが低い可能性だとしても――」
「しょうがない……試したくはなかったけど」
「それは!?」
その眼に再び輝きを灯したライトは、“銀の円盤”を取りだした。
キングレックスの触媒の代わりとして渡された、余り物のゴミ触媒。
見るだけで色々なことを思い出して、吐きそうになってしまう。
「言ってなかったけど、本業は召喚士なんだ」
「あ、あの一握りのエリートしかなれないという召喚士ですか!?」
「落ちこぼれだけどね……」
様々な感情を抑えつつ、“銀の円盤”の
「ライト・ゲイルの名の下に顕現せよ。
光が止まった。
直感的に喚び出せないと察した。
「無理……なんですか……?」
「……違う。これは、ただの召喚じゃない。なぜかわかる。実在しない存在――幻想の英雄を呼び出す召喚だ。……そうか、表じゃなくて輝く裏面に――俺の唯一使える明かり魔法を――」
今度は“銀の円盤”の裏面――データが収納されている部分に光を当てると、得体の知れないモノが脳へ読み込まれる。
途方もない量の魔力が吸い込まれていく。
普通の召喚士なら、魔力量が足りなくて喚び出すことは不可能だろう。
しかし――気が付かない内に、ライトは日々の努力で信じられないほどの魔力量と安定性を得ていた。
湧き上がる高揚感、初めての召喚は心地よかった。
まるで、最初からこの召喚以外が合っていなかったかのように。
「もしかしたら……努力が報われることもあるのかもしれないな」
光が増幅され、森の中を満たしていく。
ゴブリンたちは神々の聖なる光によって、身をすくませていた。
「ライト・ゲイルの名の下に顕現せよ、彼方からの来訪者。そして、我が真摯なる願いを叶えたまえ……!」
人間の頭では到底理解できないデータのため、脳が焼き切れそうになるが耐える。
その手を掴み取れるくらい明確なイメージが浮かぶ。
「
途方もない信仰を受け、幾億回も世界を救った伝説の存在。
凄まじい成長力を誇り、神話の武具で魔王をも凌駕する。
その名は――
「我が名はリューナ・スカイロード。女神イズマに導かれ参上した」
今、竜の勇者が召喚された。
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