幻想英雄の召喚士 ~努力が実を結んだ落ちこぼれは、非現実的すぎるゲームキャラたちを従えて最強の冒険者を目指す~

タック

第一章 最弱だと思ったら、成長性最強の勇者を召喚してしまった

召喚士、無駄な努力と笑われても

 黒眼黒髪の小柄な少年――ライト・ゲイルは、今日も城の庭で魔力鍛錬をしていた。

 初心者用のローブに身を包み、真剣な表情だ。


「集中しろ……」


 自らにそう言い聞かせながら、手に意識を集中させると、魔力の光が灯り始めた。

 世界と一体となり、大気を触媒として風の精霊を召喚する修業。

 召喚士なら誰でも行い、すんなりと成功させるものだ。

 しかし――十五年の人生でライトはまだ一度も成功させたことがない。

 落ちこぼれ召喚士だった。


「雑念を……捨てろ……」


 どうしても落胆する父の顔が思い浮かんでしまう。

 ライトの父は宮廷召喚士だ。

 それも団長という立場で、日本という異世界から〝大召喚魔法〟を使って勇者を喚び出したこともある。

 だが、その息子のライトが、初級の風の精霊さえ喚び出せないのだ。

 落胆するしかないのだろう。

 ライトは悔しかった。

 父にそんな顔をさせてしまった自分の不甲斐なさが情けない。


 だから十五年間、毎日鍛錬をかかさなかった。

 限界まで魔力を消費して、ひたすらに鍛錬を続ける。


「うぐッ……」


 魔力を限界近くまで消費させると、堪えがたい気持ち悪さが襲ってくる。

 重度の乗り物酔いを、さらに酷くしたような感じだ。

 このために魔法を使う者たちは、自らの魔力管理だけはしっかりと行う。

 そして――魔力切れまでいくと、さらなる苦痛が待ち受けている。


「――ッ!!」


 体感温度の低下、瞳孔が開き、魔力とリンクしている全身の神経が激痛をもたらし――意識レベルの低下が起こる。

 擬似的な死である。

 魔法使いは一度これを経験すると、トラウマを負って魔法を使うのを躊躇するようになるというのが一般常識だ。

 ライトも、人間が考え得る最悪の気分を味わったあと、意識を途切れさせた。


 しかし、数分後に目を覚まして、何事もなかったかのように鍛錬を再開する。

 ライトの努力は普通ではなかった。

 常人が一回で心が壊れそうになる魔力切れを、毎日数十回は行っているのだ。


「はぁッ……はっ……」


 冷や汗で気持ち悪い。

 十五年間で何千、何万、何十万回やっても慣れることはない。

 ただひたすら、召喚魔法を使いたいという無垢なる願いによって支えられていた。


「明日は……成人の儀か……」


 ライトが今まで希望を持てたのは、この成人の儀があるからだ。

 召喚士の職業適性を与えられた子どもが、十六歳になると女神イズマの神殿に招待される。

 そこで、召喚獣を喚び出すための触媒を授けられるのだ。

 風の精霊すら召喚できなかったライトだが、触媒を使った召喚なら可能性はある。


「クスクス……なにあの倒れてるザコ召喚士」


「あはは、笑ったら悪いぜ。アレでも宮廷召喚士団長の息子サマなんだからなぁ」


 通りがかった〝副〟団長の子どもである、ブルーノとビーチェの兄妹がニヤニヤしていた。

 兄のブルーノ・ギリッシュは体格も良く、召喚の才能にも恵まれていて、騎士と召喚士の両方で活躍できると期待されている。

 粗野な性格が問題視されているが、実力は折り紙付きだ。


 一方、妹のビーチェ・ギリッシュは才色兼備でスタイルも豊満。男性たちに人気があった。

 闇系統の呪いの召喚獣だけではなく、通常の攻撃魔法まで使える。

 二人はいつもライトをバカにしてきていた。


「……」


 ライトは二人の悪口を気にしなかった。

 時間が勿体ないので、無言で鍛錬を続ける。


「シカトぉ? でも、どうせ明日の成人の儀で貰える触媒も、ザコ召喚士じゃゴミしかもらえないわよねぇ?」


「おいおい、もしかしたらゴミも貰えないかもしれないぜ? まぁ、そうなったら召喚しようとするときに出る明かりで、ジメジメした洞窟の中でも暮らせるな。たいまつ召喚士って称号でも与えてやるよ!」


「いいわねぇ、明かりしか出せないたいまつ召喚士!」


「ほんっとに無駄な努力だぜ!」


 城の庭に下品な笑い声が響いた。

 ライトは、他の人間に迷惑がかかる前に移動しようかと考えたが、そのとき――


「お止めなさい。人の努力を笑う者は、いつか手痛いしっぺ返しを喰らいますよ。努力とは、この世界の何よりもかけがえのないものなのですから」


「聖女姫殿下!?」


 凜とした声で兄妹を制止したのは、この国の第三王女で聖女でもあるソフィ・イズマ・イールであった。

 美しい金色の髪がなびき、純白のドレスが風に揺れる。

 幼いながらも、すでに王女の貫禄が備わっていた。


「じょ、冗談ですよ……へへ……」


「そ、そーですよー。失礼しまーす……」


 ブルーノとビーチェは、王族のソフィに対しては強く出られない。

 顔面蒼白で去って行ってしまった。


「ライト、今日も無茶な鍛錬をしているの? そんなことばかりしてると心と身体が……」


「ありがとう、ソフィ。でも、こうでもしなきゃ父さんに認められないから」


 ライトとソフィは幼なじみだった。

 宮廷召喚士団長の息子と、聖女である第三王女。

 幼い頃は、将来優秀な者同士として期待されていた。

 そのために親が二人の将来を約束――つまり婚約状態にあったのだ。


「それに……俺は好きだから」


「ライト……。それって、もしかして……」


 頬を赤く染めたソフィは『わたくしとの結婚のために鍛錬を』――と言葉を続けようとしたのだが。


「努力するのが好きなんだ!」


「ふふ、ライトらしいわ」


 日々の鍛錬は辛く苦しいが、ライトの努力する姿勢は折れなかった。


「でも、休息も必要よ。もういつものノルマも達成してるし、休憩を兼ねてゲーム――異世界の勇者様が教えてくれたチェスでもしましょう。ほら、早く早く! 今日こそゲームが得意なライトに勝つんだから!」


「ちょ、わかったから引っ張らないでよ。まったく、ソフィは言い出すと聞かないからなぁ」




 ***




 そして、迎えた成人の儀。

 荘厳なる神殿の中、召喚士たちを集めて触媒の配布が行われていた。

 女神イズマの加護により、適性のある触媒が選ばれるのだ。


「――き、キングレックスの魔石……!? ライトが!?」


 ライトの手の上にある、最高司祭から手渡された赤い魔石。

 それはイズマイール王国で王の竜と名高い、最高ランク10の召喚獣だった。

 今までそれを扱えたのは、初代国王ただ一人だ。


「おめでとう、ライト」


 同席していたソフィが祝福をする。

 努力が報われた瞬間である。


「ありがとう……! ありがとう……!」


「キングレックスを召喚できる者なら、わたくしの伴侶に相応しい――とお父様方にも胸を張ってご報告できます」


 周りの召喚士たちも、拍手をして祝った。

 ――あの粗野そやな兄妹を除いて。


「何かの間違いじゃねーの?」


「そうよ、きっとブルーノの触媒と取り違えたのよ!」


「な、なにを……!? うぐっ!?」


 ビーチェが人型サイズの黒い影――カースドシャドウを召喚して、ライトに呪いをかけた。

 全能力が低下したライトは倒れて、キングレックスの魔石を手放してしまった。


「……神から授かった召喚獣の力を人間相手に使うなんて……信じられない……」


「あらぁ? たいまつほどしか役に立たない召喚士って、人間だったのかしらぁ? はい、ブルーノ。魔石よ」


 ビーチェはキングレックスの魔石を奪い取り、ブルーノに渡した。


「へへっ、サンキュー」


「つ、使えるはずがない……」


 ライトは自分が十五年間してきた努力を信じていた。

 それを見ていた女神イズマ様がきっと、この魔石を与えてくれたのだと。

 だが――現実は非情だった。


「ブルーノ・ギリッシュの名の下に顕現せよ。召喚サモン! キングレックス!」


 黒い風が広がる。

 下卑た笑みを浮かべるブルーノの前に、巨大な恐竜――キングレックスが召喚されていた。


「そんな……はずが……」


「悪ぃなぁ、ライト。やっぱ、テメェの召喚獣じゃなかったみてぇだわ。しかも、最強のキングレックスを召喚できたってことは――」


 ブルーノは、嫌がるソフィの肩を抱き寄せた。


「聖女姫殿下のお相手に相応しいのは、オレってことだよなぁ?」





 ――こうして、ライトの成人の儀は終わった。

 この失態で父親からは勘当された。

 召喚獣を奪われ、婚約者を奪われ、努力を否定され。

 すべてを失った。

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