第12話 連弩隊の恐怖
翌朝、一行は南東方向へ動き出した。
行動範囲の広いケット・シーは地理に明るい。セイ国の領土から東側には、北東方向へまるで一本角のように伸びる半島がある。モン=トン半島と呼ばれるその半島の北の付け根の辺りに犬人族の勢力圏があることを、トウケンは把握していた。
獣人族。モン=トン半島一体に居住している彼らは複数の種族に分かれている。犬人族以外にも、牛人族や蛇人族、それから陸地ではなく半島を外周する海洋を住処とする魚人族など、その種族は多岐にわたっているという。
一行は林のような場所をひたすら歩いていた。ここもやはり敵地であり、
セイ国領内は、平地が多かった。エン州よりかは、地形に起伏が乏しい。そのことは幾分かトモエたち一行の疲労を軽減した。
日が中天に昇った。一行は先程トウケンが獲った魚を焼いて食べていた。
「それにしてもトウケンくん、お魚獲るの上手いね。お姉さん惚れちゃうかも……」
「えっへん! 魚一匹獲れないようでは
トモエの賛意に対して、トウケンは胸を張った。
その時であった。
「……矢が来るよ!」
シフの叫び声が響いた。その声一発で、他の四人に緊張が走る。
次の瞬間、空を覆い尽くさんばかりの、大量の矢が降り注いだ。凄まじい弾幕だ。
「
シフは五人を覆って守るようにドーム状に
「おい、矢の数が異様に多くないか?」
「……確かに、これは異常だ」
「凄い数の弩兵を用意してきたとか?」
今までと比べて、矢の数が異常であった。この矢の降り方を考えると、付近に大部隊が展開しているとしか思えない。
思えば、これは当然のことである。トモエたち一行は魔族国家共通の敵であり、一行の情報はエン州と周辺国で共有されているだろう。情報を伝えられたセイ国軍が国境付近に兵力を集中させるのは何ら不思議なことではない。
矢の出所を見てみたが、林のせいで詳しくは見られない。しかし、傀儡兵が立ち並んで矢を放ってきているのは確認できた。
「取り敢えず、あっち行くよ!」
「うん!」
トモエは矢の出所の反対側を指差し、そちらを目指して走り出した。今自分たちがいるのはお世辞にも視界が良いとはいえない林であり、距離を取り、射程外まで逃げてしまえば追っては来れないだろうと踏んだのである。
案の定、少し走ってしまえばもう矢の射程からは外れることができた。敵もこれ以上、距離を詰めてはこない。林の中で乱戦になるのを避けたいのであろう。近接格闘においては無敵のトモエと視界の悪い林で乱戦になれば、千の軍隊でも
「それにしても、異様な数の矢だった……」
無事に逃げのびた後、リコウが呟いた。どれほどの規模の敵兵が展開していたかはよく分からなかったが。かなりの数の弩兵が用意されていると推測できる。
弓弩による殲滅。確かにトモエたち一行を討ち取るには非常に効果的であろう。何しろトモエに近接戦闘を挑むのは殆ど自殺行為に等しいのだから、弾幕を張り、接近される前に矢弾の餌食にしてしまおうというのは至極真っ当な戦い方である。
大量の矢を放つ敵部隊。それに対してどう対処するのか……五人は話し合いを始めた。
***
その頃、セイ国軍は林から少し離れた平地に布陣していた。
「YOYO、オマエ、
「はっ、デンタン将軍。取り逃がしましたが、奴ら尻尾をまいて逃げて行きましたよ」
帷幕の中で、セイ国軍の前線部隊長がコーンロウの髪型をした色黒な青年、デンタンに報告をしていた。
連弩というのは、名前の通り連射式の弩である。その構造は通常の弩とは異なっており、木でできた台座部分の上部に
セイ国軍で使用される連弩は弾倉に十本の矢を込めることができ、一秒間に矢を一射することが可能だ。通常の弩に比べて威力が低く射程距離は短いものの、弩の弱点である速射性のなさを完全に克服した武器であるといえる。
実はこの時トモエたちに矢を射かけた連弩兵部隊は、せいぜい五百ほどであった。大量の矢を見たトモエたちは弩兵の大部隊が接近していると誤解したが、それは連弩によって張られた弾幕によってもたらされた勘違いだったのである。
その報告を聞いたデンタンの表情は、にわかに険しくなった。
「YOYOYO、オメェ知らねぇようだから、ここでオレが教えてやるYO。連弩バカスカ、お財布スカスカ、矢を射りゃお金がかかるぜOh shit!」
デンタンの地元に伝わるラップ音楽風にリズムを取りながらであるが、デンタンはどうやら連弩兵を出してトモエたちを攻撃した前線部隊長を責めているようだ。
「連弩はムダムダ、浪費はヤダヤダ、安い兵士を使えよ
「安い兵士……ですか?」
「YOYO、ヤツらがいるだろOh yeah」
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