第11話 お前の弓を見せろ
サメの背びれは、流れる大河の水を切り裂きながら、どんどんトモエに迫ってくる。
その時、リコウは弓を構え、矢を番えて引き絞った。
「オレがやらなきゃ……」
そう、今トモエを救えるのは、リコウただ一人しかいない。水中のサメに対する攻撃手段を有しているのはリコウとエイセイのみであるが、エイセイの
陸地を這うサメは、その巨体の全身を晒しているために幾分か狙い易かった。翻って水中のサメは、動きこそ一直線であるものの、水面から突き出た背びれ以外は水の下に隠れてしまって見えづらく、狙いをつけるのが難しかった。
それでも、やらねばならない。今トモエを助けられるのは自分だけだ、という状況が、リコウの精神を奮い立たせた。
「あと一匹……当たれぇ!」
矢を引き絞り、放つ。先程と同じように、リコウは背びれの進路を狙った。その矢は吸い込まれるように水中へ没する。背びれは、止まらなかった。
「ちくしょう! 外したか!」
リコウは自らの失敗に苛立った。しかし、悔しがっている暇はない。サメとトモエの距離はどんどん詰められていく。あと一射できるかできないか、ぎりぎりだ。
「今度こそ……!」
リコウは意識を全てサメに集中させた。今度こそ、外すことはできない。自分の弓に、全てがかかっている。
三本目の矢が放たれた。矢の着弾する方向に向かって、背びれが突き進んでくる。
そして、矢は水中に飛び込んだ。
矢が水中に没すると、背びれの動きが止まった。そして、サメの巨体が水中から飛び出る。サメは体をくねらせて苦しんでいた。その鼻っ面には、矢が突き刺さっているのが確認できる。
「や……やったぁ! やったぞ!」
リコウは弓を握ったまま、両腕を挙げて叫んだ。険しかったリコウの顔は、一瞬で晴れた。自分の手で、トモエを危機から救ったのだ。その喜びもひとしおというものである。
「凄いよ! リコウ!」
「お姉さん……よかった……」
エイセイもまた普段のしかめっ面が喜色に塗り替えられ、甲高い声でその成功を喜びながらリコウに抱きついた。普段のエイセイからはおよそ考えられないことである。シフもトモエに迫りくる危機が去ったことでほっと胸を撫で下ろしていた。
***
トウケンはトモエを無事に川岸に引き上げることに成功し、再び五人が一堂に会した。
これからトモエたち一行のすべきこと、それは、船を奪ってファン河の対岸に渡ることである。
「あれを奪えばいいのかな……」
トモエが指差した先には、船着き場があった。そこには木造船が繋がれており、見張りなどの姿は確認できない。竜巻鯨と飛行鮫の出没により外に出られず避難したのだろうか。
一行はそのまま船着き場に近づいた。やはり、誰かが来る気配はない。周囲を警戒しながら、そっと船に乗り込んだ。
ファン河の流れは穏やかだった。時折、水鳥が急降下して、ぱしゃりと水面を打つ。水中から魚が引きずり出され、嘴に咥えられて未だ見たことのない上空へと連れ去られる。
ファン河の川幅は、トモエやリコウ、シフ、エイセイらにとって想像以上であった。ひょっとしたらこれが海なのではないかと錯覚させられるほどに広大である。
何事もなく、船は対岸に辿り着いた。もう、その頃には日没が迫ってきていた。
「ここから南東方向に向かうと、犬人族の集落があるのだ。彼らはセイ国と敵対しているから、きっとぼくたちにも協力してくれるはずなのだ」
「犬人族……?
トモエがやや興奮気味に、トウケンの言葉に食らいついた。何を期待しているのか、隣のリコウとエイセイはすぐに察した。
「ぼくらは妖精族だからニンゲン寄りの見た目してるけど……獣人族は割とケモノに近いのだ」
トウケン曰く、人間らしい見た目の妖精族とは違い、犬人族を含む獣人族たちはさながら二足歩行する獣のようであるという。
「あたしケモ趣味はないのよね……結構熱烈な愛好家がいるっていうけど……」
「トモエさん……何の話をしているのだ?」
「あ、何でもない。今の忘れて」
「トウケンは慣れてないだろうけど、あんまり真面目に取り合わない方がいいと思うぞ」
やがて西の彼方へと日は落ち、夜の闇がすっかり空を覆ってしまった。
***
セイ国・国都リンシ・宮中
「例の奴らが現れました」
文武百官が居並ぶ宮中の御殿に、青い戦闘服を身に着けた武官が駆け込んできた。途端に、その場の高官たちがざわつき始める。
「ふふ、そうですか。では歓迎して差し上げましょう……」
報告を受けたセイ国王は、そういって淫靡な笑みを浮かべた。
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